日は落ち、光は消える
「ここが光ちゃんの部屋です。」
鈴埜宮家の二階の突き当りにある部屋。近衛さんがその部屋に続く扉を開いた先は、薄いピンクで統一されたかわいらしい少女のための部屋だった。
「これは、何ともまぁ...なかなか...。」
鴻さんは言葉を紡ぎだそうとしては居たが、結局言葉を見つけ出すことはできなかった。その代わりに、
「かわいい部屋なのです!いいです、いいですね!この愛らしい幼女が居そうな空間!とってもいいのです!」と、いの一番に彩花さんが光ちゃんの部屋の中へとフルスロットルで突っ走っていった...。
「えっ、はっ、はい?」
驚きすぎて声が出てしまった。逆に燈樫さんと近衛さんは絶句している。というか、先ほどから燈樫さんは何か考えごとをしているようでまったくと言って喋っていないのも何か気になるところではあるのだが...。それはそれとしても、鴻さんは「おー、いつもの発作か。」と何事も動じていないのは一体なぜなのだろうか。あぁ...巻き込まれてここまで来たけど今からでも帰ろうかな。いや、帰っても化け物とのタイマンがあるんだった...。終わった。
深いため息を吐いてから、鴻さんに聞く。
「彩花さん、なんであんなにテンション上がってるんですか?」
「ん?ああ。彩花はな、表向きにはクールキャラだがアイツって結構見た目幼いだろ?だから、幼稚園に忍び込めないかを画策するぐらいヤバイ幼女嗜好者だ。」
「え゛っ...。どうします?とりあえず...逮捕でもしますか?」
「まあ待て。別にまだ事件は起こしてないから逮捕しても不当逮捕で解放されるのがオチだから。本当に大事件を起こした時に逮捕してくれ。」
「逮捕自体には乗り気なんですか...。」
鴻さんもなかなか飄々としていて内面が読みにくいんだよなぁ。
そんなことを考えながらテンションが上がり尽くしている彩花さんの方へ、先ほどまで呆然としていた燈樫さんが俺の横を通って部屋の中へ入る。そして、背中から取り押さえ床に全身を押し付ける。最初はじたばたともがいていたが十数秒も経たずに落ち着いた。しかし、落ち着いた彩花さんとは対照的に燈樫さんの方は困惑と恐怖の入り混じった表情を浮かべる。
回り込んでなぜそのような表情をしているのかを確認する。すると、彩花さんは思いっきり床に鼻をつけて肺いっぱいに床の香りを嗅いで恍惚な表情を浮かべていた。流石にここまで重症であったとは思っていなかったのだろう鴻さんもその顔から血の気が引き、ドン引きをしていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!さいっっっっっっこう。これが楽園...。幼女の天使たちが私を迎えに来ているっ!」
あまりにも気持ち悪かったので携帯していた手錠をかけ、廊下へと引っ張り出す。その最中、「待って!」と言われさすがに観念したかと思ったらなんとこの女、ついに床を舐めるとかいう異常行動に出たため床から引っぺがし廊下、果てには陸さんの部屋にタオルで猿轡のようにした状態で鴻さんに監視を任せた。
「まさか、あんな方だったとは...。」
「同感だ。アレを野に放とうとは到底思えない。」
俺たち二人は光ちゃんの部屋へと戻ってきた。近衛さんは彩花さんが舐めた地点の周囲にマスキングテープを張り、徹底的に消毒していた。まあ、あんな奴の痕跡を残したくはないだろうから理解はできる...少なくとも、俺が同じことをされて気分が良い訳ないのは当然だからな。
「さて、いろいろ漁ってもいいだろうか?」
そう問いかけながら燈樫さんは白い手袋を装着する。
「ええ。あの女みたいなことさえしなければ大丈夫です。」
まあ、そうだろう。その言葉に同調しながら俺も手袋を装着する。まずは、光ちゃんが出ていくとすれば...怪しいのは窓かな?
そう思い窓を確認する。鍵を開けようとすると、既に鍵が開いているようだ。
「窓って開けました?」と聞くと、
「いえ。光ちゃんが居なくなってから部屋の中のものには一切手を付けていません。先ほどのあの時が、光ちゃんが居なくなったのが発覚してから初めて開けましたね。」と答える。
「なるほど。であれば、この窓から出たのかもしれませんね。」
「それは、一理あるな。じゃあちょっと失礼して。」
そういうと燈樫さんは窓枠をくぐり屋根の上に立つ。そして周囲を見渡し、こちらに向き直る。
「見た限りだが、ある程度の行った方向が分かった。そこの雨樋の一部が歪んでいる。そして、その下から軽くだが足跡が残っている。そして、その進行方向には...。」
そう言ってピンと右の腕をその方向へ伸ばし、人差し指で指し示す。その方向には...。
「萌葱山...ですか。」




