八咫烏は見ている - その3
「うーむ、裏口もないのか...。こういう邸宅であれば一つぐらいありそうなものなんだがね。」
「流石に長すぎると妙だと思われて帰って来ると思うんだけど...。そろそろ戻らない?」
後ろから桃花の不安が入り混じった言葉が聞こえる。さほど怯える必要はないと私は思うのだがね。
「まったく、そんなに怯えなくともいいさ。なんせ、「気づく人間は居ないってか?」そうさ。...ん?」
桃花とはまた違う、嗄れ声が後ろから聞こえる。すぐさま振り向いて声の主を確認する。
そこに居たのは茶色の着物を身にまとった老齢の男性だった。
「その声、電話をかけて来てくれた子だね。重い腰を上げてやってきて正解だったようだね。」
「貴方は...、烏丸孝標さん...ですね。」
ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て。なんでここで家主が出てくるんだよ...。まだ楠 石花だったらまだ何とかなったけれどこれは無理だって!
やっばい、冷汗が止まらない。すっごいもう、心の中も冷静な判断ができない。これが蛇に睨まれる感覚って奴なのかな。
「は、ハハハ...。」中身のない上辺だけの笑みが口から零れ落ちる。
「ふむ。君は合理的に見えるが存外好奇心に身を任せる人間みたいだね。だが、『好奇心は猫をも殺す』だ。君がそのような愚鈍な猫でないことを祈っておくよ。」
吸い込まれそうな漆黒に近い瞳に恐怖心を感じる。表情に出すな、ペースに飲まれたら主導権を取り返せないタイプだ。
「君は...、ストッパー役に為ろうしている。しかし、君自身の意思は揺らいでいるね。おおよそ、今まで他者の意見に付和雷同することが多かったのだろうね。」
そう言われた桃花の顔には恐怖と驚きが入り混じったような何とも言えない感情が渦巻いていた。
「それで、一体どうしてこんなところに?」
「ん、ああ。そんな難しい話ではない。ただ、君たちのことを知りたいと思ってね。案外、人の見る目はあると思うんだがどうかな?」
人の見る目と言うか、むしろ心理学者とかだろ。ほとんど言ってることが合ってるんだが。というか桃花君そんな感じだったのか。初めて知った。というか、こんな感じで知りたくなかった!
「そうですねぇ...、まあ、大体合ってますね。はい。」
「うむ、そうだろう。それで、君は一体こんな場所で何をしていたんだい?」
「えーっと、この屋敷の奥の部屋の中が気になってぇ...、外から中を観れないかなぁーって。」
「ふむ…烏の間か。まあいいだろう。ついてきなさい、見せてあげよう。」
そう言うと孝標は背を向けて屋内へと歩いていく。ホラゲーの敵キャラかよ。本当に、心臓に悪い。
先に行く孝標の背を追うように歩き始めると、どこか遠くの方を見ている桃花が立ち止まっているのが視界に入る。とりあえず、視界に入るように手を振ってみたり頬を突いてみたりしたが反応は薄く、心ここにあらずと言う感じでだった。
孝標によって心のうちに仕舞っていた物をほじくり出されてしまったからだろうか。なんにせよ、ここで立ち往生しているのも不味いのに変わりはない。だから、一先ず桃花の手を引いて孝標の背を追う。桃花はちゃんと付いて来こそしたが、未だに浮かない表情を浮かべていた。
それにしても、本当に何故ここにいるのだろう。電話の時の内容から察するにその時点でこの屋敷にはいなかったはずだ。そうなると、電話が終わってから来たということになるがそれも腑に落ちない。
電話の際に彼は『楠に伝えておく。』と言っていた。ならば、わざわざ彼がここに来るのは不自然ではないだろうか。それに、音もなく来たということはここにたどり着くまでの間、自動車の類なども使っていないということになる。そうなると、考えられるべきものとしては、歩きで来た可能性。ただ、こちらは車で来ている以上同じ道を通るのならすれ違うはずだ。
うむむ...、ずっと思考を回すが納得できる答えにはたどり着かない。
一旦はそのことについて考えるのはやめておこう。それ以上に、気になるものについて知れるということを快く考えておこう。どう考えても、今のこの思考をするためのデッキには必要なカードが足りていない状況だ。それに、桃花のことも心配ではある。どうにか、少しでも気分を変えてやれると良いんだが...。




