凍てつけ、深く遠くまで - その4
2017年07月20日(木)11時14分 =呪い屋=
流石に担がれたままだと動きにくいので下ろしてもらった私は、光ちゃんを抱えながら廊下を走る。後方では、何かと何かがぶつかり合う衝撃音が鳴り響いて鼓膜を劈く。
「出口はどっち?」
「多分こっちだ!」
私たちを下ろした遼太郎は薙刀を取り出してすでに臨戦態勢の状態で私たちの前を進んで確認してもらっている。
曲がり角を曲がるとそこは裏口に繋がっており外からの光が射していた。
クソッ、何が起きてんだよ。確かにあの時、津雲から託されはしたがあれからどうするのかは一切話していない。本当に勘弁だ。
正面にある裏口らしき扉を蹴破り、外へと飛び出す。その瞬間、――
「出てきたな。」
聞き覚えのある声と共に、左から白い糸状の何かが飛んでくる。
【狛凪流 三日月】
三日月は突きから右方向に回転させて断つ技だ。そして薙刀の刃で切り裂いたものは細い、まるで蜘蛛の糸だった。
「狛凪さん。彼女を、引き渡してもらえませんか?」声の主に注視すればそこには萌葱山で出会った警察の人がいた。
「そっちから襲ってきたくせに、引き渡せだぁ?そんなの、ごめんだね。」薙刀を握る拳を、いっそう強く締める。
「では、実力行使しかないですか。覚悟しろよ、犯罪者。」
その瞬間、奴の口から同じような糸が吐き出される。
【狛凪流 上弦月】
「なんだぁ?本職はマジシャンか蜘蛛か?」
「・・・あながち、間違いではないですかね。」
奴は掌から糸を伸ばして呪い屋の屋根にくっつけたと思えば、蜘蛛のスーパーヒーローよろしく勢いよく蹴りを仕掛けてきた。
【狛凪流 居待月】
俺が構えた瞬間、奴は糸で一気に体を引っ張り俺の技を躱し後ろにいる光ちゃんたちに向かってもう片方の手で掴もうとする。
【狛凪流 下弦月】
上弦月と下弦月は薙刀の振る方向が前か後ろかの違いだ。ただし、下弦月は後ろに振るため当てにくいが...今回はうまく行ったようだ。
伸ばした手だろう左の掌が左右にぱっくりと割れていた。しかし、そこから血液が流れることはなかった。そして奴の割れた掌を縫うように糸が現れ、縫合していく。
「お前、人間じゃねぇのか...?」
「・・・ああ。俺も、その化け物と同じ。人造人間さ。」
光ちゃんと同じ...?こいつが光ちゃんと...?
「ふざけたこと言うんじゃねぇよ。お前と光ちゃんがどう見ても同じな分けねぇだろうが!」
【狛凪流 奥義 常夜】
言葉に意思を乗せるように、薙刀に感情を乗せて奴を叩き切ろうとした。だが、刃が奴に届かない...!
力いっぱい引き剝がせば薙刀は戻って来るが、どうやっても奴の場所までに至らない...。
「ごめんなさいね、男同士の勝負に水を差す趣味はないのだけど、これも仕事だから。」そう言って、左手に拳銃を握っている女が間に割り込んできた。
「誰だお前は。」
「・・・流石に業務的に話しておいた方がいいわよね。警視庁公安部対神性特務課壱級職員の穂積香苗よ。上からの命令でね、その子を回収しに来たの。」
ずっと口を噤んでいた|桐藤さんも、
「だからって、そう易々と渡すわけないでしょ!それに、光ちゃんの意思は関係ないの?」と声を出した。
「意思、ねぇ。人造人間の意思とか意識って何を元に形作られると思う?」
「そんなこと知りたくもねえょ!」
【狛凪流 上弦月】
力強く謎の壁みたいな空中を叩くが、その刃はどうやっても奴らには当たらない。
「強引な男は嫌われるわよ。・・・人造人間はね、元となる魂があるのよ。狭間君は蜘蛛の神の魂をその身に宿しているの。だからああやって自由に糸を出せるのよ。」
「・・・んなこと聞いてねぇよ!」
【狛凪流 奥義 常夜】
再び強く刃を叩きつける。徐々に食い込むがやはり奴らに到達することはない。
「まあ、色々君たちに言うべきことはあるけどね。とりあえず、早くあきらめて投降しなさい。あなたたちも私たちも、無駄に時間を浪費するのは嫌じゃないかしら。」
そう言って奴は、拳銃の銃口をこちらへと向けた。




