声は形にして名と成す
2017年07月20日(木)09時10分 =萌葱山管理小屋周辺=
日課のジョギングコース。この時間は人もほとんどおらず快適。軽く吹く風も心地よさを感じる。
そして、ジョギングの途中。管理小屋の横を通り過ぎようとしたとき、見覚えのある胴着を着た赤毛交じりの男を見かけた。確か名前は...、だめだ。外見の印象が強すぎて名前が記憶の彼方に吹っ飛んでる。話しかけ...なくてもいいか。別に会話する程度の仲でもないしな。
そういうことでそいつを横目に立ち去ろうとすると、どうやらそいつは誰かに弁明?みたいにことを言っていた。普通、こういうことはスルーするのが安定なんだが今回ばかりは好奇心が聞き耳を立ててみろと言っている。・・・まあ、聞いて減るものでもないよな。
そんなこんなで私は近場の茂みに潜んで聞き耳を立てることにした。
「だからぁ、俺はこの山で籠って修行をしようとしていてだな。そんで、管理人さんに挨拶をしようとしていてだな。」
「はいはい。どんな理由でここに来たのかはよく分かったから。別に山で修行とかは禁止されてはいないけどね、この山で寝泊まりすることは禁止されてるの。それに君、背中に背負っているこれは何?」
「これか?これはうちの師範代だけが持てる槍だが。なんだ、持ってみるか?」
「いえ、結構です。それで、登録証はお持ちですか?」
「えっと...。あっ、道場に置いてきちまったかも...。」
・・・よく見えないなぁ。もうちょっと見えやすい位置に移動するか?
そう悩んでいると、パキッと足元にあった枝を踏み折ってしまった。恐る恐る彼らの方を見ると、二人の視線がこちらの方に向けられていた。
流石に怪しまれるよなぁ...。両手を掲げながら茂みから立ち上がって弁明をする。
「あのー、怪しいものではないんです。私、こう見えて記者でして何やらスクープの香りがしてちょっと聞き耳を立てていただけでしてね。あの...、その...。」と、苦し紛れの弁明をしているとあの見覚えのある男が話しかけてくる。
「あ、えーっと確か、そうそう桐藤さんじゃないか。俺だよ俺、狛凪だよ。助けてくれ、ヘルプミー。」
遼太郎...、ああ思い出した。狛凪遼太郎だ。昔、変な事件に巻き込まれた時に鉢合わせた槍使いのよくわかんねぇ奴。正直あれ以降関わりたくなかったがこうやって鉢合わせてしまったのならまあ仕方ない。
「ああ、遼太郎さんですか。・・・ワルイヒトデハナイトオモイマスヨー。」
「なんで片言なんだよ!そこ大事なところ!」
知るかよ、最後に出会ったの4年ぐらい前だぞ?名前でも覚えてもらえてるだけ感謝しろよまったく。
「お知り合いなんですか。それでそちらの、記者の方。あなたはいったいなぜこんなところに?」
「いや、日課のジョギングで来てたら何やら面白...、興味深いものが起きているのを見つけまして。気になったので聞き耳を立てておりました...。」
「そう。それじゃあ、次からはしないようにね。で、狛凪さん。あなたは銃刀法違反なので、今すぐにでも警察署に護送すべきなんだけどね。私、徒歩パトロールをしていたから応援を呼ばせてもらったので私と一緒に少し待っていてもらうね。」
「・・・はい。」
まったく、面倒ごとに巻き込まれてちゃったな。まあ、見た感じこれ以上ネタになりそうなものもないしな。そろそろここを去るか?
そう考えていると、カタッと小さな音が聞こえる。とても小さな物音。だが、聞き逃さなかった。管理小屋倉庫の中から聞こえた。でも何で、いつもなら鍵がかかってるはず。そう、気になっては居ても立っても居られずに管理小屋倉庫の扉に手をかけ、開く。鍵は、かかっていなかった。
中は真っ暗で、目が慣れるのに少し時間がかかった。後ろからは、「君、何やっているんだ。」と言うように呼び止められるような声が聞こえた気がした。しかし、そんなものは気にもすら留めきれなかった。それ以上に私の目を奪ったもの。
そこには、少女が壁にもたれて息を切らしている姿があった。銀髪で、スタンドカラージャケットを着ており、手足はすぐに折れてしまいそうなほど細い。華奢というにはか弱すぎる生物がそこに居た。そして、床一面にはナメクジが這ったような赤色のシミが付いていた。
後ろから何があったのかを確認しようと警官の人が私を押しのけて管理小屋倉庫の中を見る。すぐさま警官は彼女のことを介抱しようと近づいて、彼女を抱え管理小屋倉庫の外へとでてくる。
それと同時にガラガラと管理小屋の扉を開けて、赤髪の男性が出てきた。男性はこちらを見て、驚きのあまりか身体が硬直する。この人、どこかで見た覚えはあるんだが...どこだったかな。
そうしていると、2台の黒い車体に黄色の剣のマークがあしらわれたいかにも高級車のような車から数名の黒服の男性が出てきて、警官の人が抱えている彼女に向けて言葉を放つ。
「お嬢、こんなところにいたんですかい。みんな大慌てで探しとります。ほら、帰りましょう。」
しかし、彼女は拒絶の意を示すように警官の人の服に顔をうずめる。
「お嬢、そこの人たちにも迷惑ですから。ほら、帰りますよ。」そう言って、黒服のうちの一人がその少女を連れて行こうとする手を赤髪の男性が止める。
「彼女、嫌がっているじゃないですか。いったい何様のつもりなんですか。」
「部外者には関係のないことです。我々だけの問題ですので、お気になさらず。」
そう二名が言い合っていると、
「実はそうとも行かないんだよね。俺、警察だからさ。はいそうですかで帰すことができないんだよね。だからさ、ちょっと署まで同行していただけるかな?」と警官の人が切り込んできた。そして、抱えていた少女を私に渡して、彼らに近づく。
もしかしてですけど、今、私、大スクープの中心にいたりしちゃいます?