凛として鳴る鈴の如く
2017年07月20日(木)11時02分 =萌葱駅前広場=
それにしても、ここは全く変わらないな。6年前に起きた聖夜前災の被害は住宅街と萌葱山という小規模の被害で抑えられていたからか駅の方はほとんど外見的変化は起こっていない。というよりは、街全体が活気を失いつつある感じだ。実際、この街を根城にしている鈴埜宮重工も烏丸コーポレーテッドも外部に方針を転換してから日は浅くない。
そうやって周囲を見ていると、ドンッと背後から押されて地面に倒れこみそうになる瞬間、何とか踏みとどまって後方を確認した。そこにはサングラスをかけて、小洒落た服装の男が黒色のファーコートに身を包んだ男に押されてしまっていたようでドミノ倒しのような構図となっていたみたいだ。
「ごめんなさい!お怪我とかございませんか?」
「い、いえ。大丈夫ですけれど...。」
なんだか...。この倒れてきた男、見覚えがあるな。
「鴻ぃ...!お前さぁ、ちったぁ周りのこと見ろよぉ!」
「ごめん、ごめんて。いや、でもさぁ、もうちょっとりっくんが体幹鍛えれば起きなかった事故でしょ~。」
この人、言い方とか考え方とかが他者責すぎて気に喰わないタイプだなぁ。にしてもりっくん...、聞き覚えが...。ん?ああ...思い出した。確か、この人は、現鈴埜宮財閥のトップ。鈴埜宮陸だ。
「あの...、もしご迷惑でなければよいのですが。お代はこちらで払わせてもらうので、お昼をご一緒しませんか?」
おっとぉ...、まさかのご提案。あの一件から鈴埜宮関連は苦手意識があって近づきたくないんだよなぁ。ただまあ、ここで断るとなんだか気まずいしここはお言葉に甘えておこう。
「そちらが構わないのであれば、お言葉に甘えさせていただきますが...、えーっと。」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私の名前は鈴埜宮陸です。一応ですが、現鈴埜宮コーポレーテッドの社長をしております。そしてこっちが、」
「|ヒズベストフレンド《His best friend》!鴻くんでぇーっす!」
なんだろ、すっごい元気な人だな。気疲れしないんだろうか。というか鴻さんだっけか、何かを隠しているみたいに思える。過去に何かしら事件に巻き込まれた感があるな。まあ、藪をつつくつもりはないしこれ以上関わることもないだろうから変に詮索する必要もないだろう。
「鈴埜宮さんと鴻さんですね、よろしくお願いします。俺は凩和葉と申します。」
「凩さんですか。ちなみに何か苦手だったりアレルギーなどはありますか?」
話している分には何も気になる部分はないな。ただまあ、この人も会話の節々から相手に何かを守り隠そうとするような感じがする。まあ、一大企業の社長をしている時点で隠すべきことはあるだろうしそこまで気にする必要もない...とは思うが、なんだろう。この、煮え切らない感じは...。
「いえ、特に苦手なものはありませんよ。」
「そうですか、なら良かった。じゃあこちらの方です。待たせている人はいますが、まあ大丈夫でしょう。」
・・・いや、良くないでしょ。どう考えてもそっちが先約だろうし、すっげぇ気まずい...。そう感じていながら連れられて行くがままに付いて言っていると、
「あのさぁ、凩君の背負ってるものってもしかして刀なのか?」と、急に鴻さんに聞かれる。
「えっ...、あぁ。まあそうですね。それでどうかしましたか。」
「いや、どうってことはないんだが。お前、公安の人間だろ。」
・・・は?
どうしてそれが分かるんだ。いや、聞かれてはいたし刀のせいか。確かにこの刀は特務課の戦闘訓練用に支給されるものだが...、なぜそんなことを。ただそれにしてもだ、どう返答するべきだ?
馬鹿正直に返答すればどう考えても鈴埜宮の奴に警戒されるのは必至。逆にここではぐらかせば鴻さんに追及されるのは火を見るよりも明らかだろう。であるならば、
「まあそうですね、今年から警察に配属なんですよ。まだまだ学ぶべきことも多いですし鍛錬も人一倍しないといけないんですけどね。」
今年からなので何も知らないですよバーリア!多少警戒などをされるのはもう諦めて、何も知らないということをアピールしてこれ以上の追及をされないようにしてしまおう。
「ふぅん、まあ頑張ればいいんじゃない。そんな気合が続くのなら、君になら...、いやなんでもない。」
何なんだよこの人!それっぽいことをほざきかけて口を噤むとか、どうでもいいことだったら本当に殴り飛ばそう。そうしよう。
そう考えながら歩いていると目的地と思わしき建物が見えてきた。見覚えがある...いや、見覚えがあるというよりは嫌でも脳裏から離れないといった方があってるか。
喫茶店「klak」、聖夜前災の言うなればセーブポイントというべきか。なんというか、始まりの地とでもいうべきだろうか。
まあ、この街に帰ってきたという気分には、なったかな。




