聖なる夜を前にして災いを討つ - その5
僕って、いったい何をしているんだろ。
床にへたり込む。冷たいコンクリートの床。もう今年も終わりなんだ、そりゃ冷たいよな。
・・・何もしたくないなぁ。
今すぐにでも逃げ出したい。でももう、そんな気力もない。このまま凍え死んでしまった方がいいんじゃないか。手の届く距離にいたのに助けれなかった僕なんかに生きている価値ってあるのかな。凩君って、本当に強いよなぁ。僕とは違って、ずっと先にいる。それなのに僕ってのは。
何かが聞こえる。これは、エンジン音なのかな。でもなんでこんなところに。今すぐここから逃げないと巻き込まれるのに。
むくりと立ち上がって、ベランダの柵から音の聞こえた方向を覗いてみる。
あれは、見覚えがある。鈴のマークに剣の意匠。あそこにあったトラックの一つにあったはず。なんで、なんで今ここに。アレが進む先にあるのは、あっ。
化け物の切り離した肉体。
でもなんであんなものを。気になってそのまま見ていると車から何人もの人物が出てきて切り落とされた肉体をシリンダーに詰め込んだ。
もしや、最初にあそこに固まっていたのって回収するためだったのか?
そうなると、みんなの方に行った方にも行っているのか?
そう思考が動き始めた瞬間、ブロロロと上空をあのマークが入ったヘリコプターが飛び去っていった。それも、山の方へ。
・・・みんなは無事だろうか。このまま止まっていていいのだろうか。僕が動けば何かが変わるだろうか。
パシィンと両頬をはたく。そして、ベランダの柵に立つ。
ドローンは、動いている。右手でドローンの取っ手をつかみ、左手を下へ向ける。これは賭けだ。
あの障壁は触れることが可能だ。粒子を受け止めることができるのは確認済み。そしてあれは曲線の形を描いている。だったら滑り台みたいにできるだろという考えだ。そして、ドローンは推進力の増長を期待している。ドローンは浮遊するために上から下へ空気を流す構造をしている。そして、前方向に倒すと前進する。ただ、文野さんが着地のために出力を下げてしまっているだろうからあまり強くはないけれど推進力の増長分だったらやり切ってくれるはずと信じて構える。そして、▤▨❖☒▥▤☒と唱えながら、柵を飛び降りる。
結果的に言ってしまえばそれは成功した。いや、大成功してしまったというべきだろうか。
どうやら僕が装着しているドローンはメンテナンスが終わっていなかったようで変速ギアが劣化していたみたいだ。そのせいでパキッと軽い音が鳴るとともにバカみたいな推進力を得ることとなってしまった。ただまあ、これはうれしい誤算といっても差し支えはないだろう。
燃え盛るガソリンスタンドをあとにして、路上に放置されているバイクを横目に僕よりも前を飛ぶヘリコプターに追いつく速度で飛ぶ。
地上には戦いを終えたのであろうみんなと、あの化け物の残骸らしき欠片がいくつか落ちているのが見える。
そして、地上にへたり込んでいるみんなに今出すことのできる最大の声で叫ぶ。
「今すぐそこから離れろぉ!」
その瞬間、ヘリからぽろぽろと数個の緑色の石が落ちる。そして、たった一瞬、何か違和感を感じるが特に何か僕自身の体に不調があるわけではない。
直後、下のみんなと僕に対して何らかの缶を投げつけられる。
下にいる奈穂さんが技を使おうと叫ぶ。
【霞城流 流星】
その瞬間、プシュゥと気が抜ける音とともに缶から白いガスがあふれ出てくる。
飛んでいる僕は避けることができずにそのまま真正面からそのガスを吸い込んでしまう。すると、クラリと体勢を崩し、そして意識が薄れ、視界が真っ黒になる。
僕は、何かできたんだろうか。
あれからどれくらいが経ったのだろうか。僕が目を開くと木の枝に引っかかっていた。呻きながら助けを待っていると文野さんが助けに来てくれた。
どうやらあのガスは睡眠ガスに近しいものだったのだという。そして、最終的にあの化け物の欠片はどこかへ行ってしまったらしい。十中八九あいつらが回収していったんだろう。
あと、奈穂さんは全身に軽度のやけどと無理矢理体を動かして技を使っていたせいでガスの効き目が強く昏睡状態で現在病院に担ぎ込まれているらしい。ただ、命に別状はないらしく一週間もすれば問題なく動き回ることができるのだそう。相変わらず化け物じみて居る人だ。
結局のところ僕たちは町を、多くの人たちを救うことはできた。しかしながら、未だに解決できたとは言えないだろう。あの組織も、あの化け物も、何もかも僕たちには手に負えないぐらい強大な奴らだった。
でも僕たちは生き残った。それだけでも今のところは問題ないだろう。あとは僕たちではなく、公安の皆様方に任せておくことにしよう。
・・・本当に、疲れたなぁ。
もうちょっとだけ続くんじゃ