聖なる夜を前にして災いを討つ - その4
ついにあの化け物を住宅街から追い出すことができた。一瞬軌道を変えたが大きく何かが変わったことはなく作戦は実行中だ。
「さすがにここからはバイクで進むには辛いかなぁ。」と青木兄さんは萌葱山の麓に広がる森に面した道路の端にバイクを止め、森を眺めている。すると後ろからキャリキャリと空を切る音が聞こえた。振り返るとそこには文野のドローンが二台浮かんでおり、スピーカーから『これを使って』と言われた。
青木兄さんはすぐさま装着していて、俺も見様見真似で同じように装着した。時間を確認すると15時36分、あれから15分しか経っていないのだ。疲れ的にはその三倍ぐらいなんだがなと一息つく。
すると、ふわりと一瞬の浮遊感ののち一気に上空へ飛ばされる。すると、上空から奈穂さんの状況がよく見える。だが、一番目を引いたのは山にぽっかりとあいた洞穴だ。あんな洞穴、見たことない。というよりも、元からそんな穴はなかったはずだ。もしかしてだが、あの化け物がぶつかった地点があんなに窪んでいるのか?
まあ今そんなことを考えていても仕方がないというもの。一先ずはあの化け物の攻略だ。奈穂さんがずっと対応しているが一向に衰えが見えない。単純にHPが無尽蔵な敵というよりは、ギミックボスみたいに何かしらのフラグを立てないと攻撃が届かないみたいな感じだ。
【霞城流 奥義 六華覇衝】
と攻撃の手は休まっていないが徐々に疲れが目に見えてきている。たった15分間とはいえ、惰性で生きているときのとは違い生死の狭間を駆け抜ける濃密な時間だ、そりゃ誰でも疲れるだろう。
なにか、俺らが手出しできるところがないかと考えていた瞬間、隣を一台のドローンが通過する。ただし、そのドローンの下部にはなにかを運ぶための容器がついていた。そして、すぐに文野がトランシーバーで報告を入れる。
「霞城さん、今そっちに秘密兵器を用意したから私が『今』って言ったら一気に下がってください。」
秘密兵器、多分あの容器のことだろうけどあれは一体何なんだ?
秘密兵器、それは一つの推測から導き出した。化け物が炎を纏っているとき、動きが鈍る。その理由を考えていて、ある一つの答えにたどり着いた。
卵をゆでると固いゆで卵になるように熱を加えればタンパク質は変化し固くなる。つまり、あの化け物はタンパク質を含んだ有機物であると考えると、すぐ用意できて有効打になるものは一つ。
ドローンがあの化け物の上空に達したのを確認し、トランシーバーで霞城さんに向けて「今」と伝えると、地面を蹴って大きく下がったので秘密兵器を投下する。
秘密兵器を入れた容器が化け物に直撃し、ジュゥと化け物から白煙が発生した。そして、大きく叫び声のような金切り声が響く。
まったく、学校とかいつぶりだろうか。ぱっとすぐに思いついた場所が学校だったが、すぐに見つかってよかった。文野の奴、急に濃塩酸を用意してほしいなんて言うもんだから困っちゃうよな。
ただ、あの金切り声から推察する当たり効果はあったようだな。多分探せばもう少しあるだろ。どうせまたドローンで取りに来るだろうからな用意しておくとしよう。
にしても、思ってはいたが凩君。想像よりも彼は成長するだろうね。あの状況の判断力に適応力、それに成長スピードは、いつか大きな武器になるだろうね。それに、和泉君もそうだ。彼には魔術の適応力が桁違いだ。いつか公安に入ってくれればうれしいんだがねぇ。残り二人も今回に居なければここまでアレの攻略がスムーズに進むことはなかっただろう。特に、文野はDEM社が喉から手が出るほど欲しがる人材だろうね。
そう考えながら濃塩酸の在庫を探していると外からヘリコプターが飛ぶ音が聞こえる。報道ヘリがもう出動しているのか。まったく、そういうところだけは仕事が早いんだからと思いながらも心の中では何か嫌な予感のようなものが拭えずにいた。なんだろうか、この虫の居所が悪いような感覚は。
秘密兵器で緩んだ一瞬の隙を奈穂さんは見逃さなかった。
【霞城流 奥義 神楽破城】
と、あの化け物を細切れにした。
・・・何も起きない。あの化け物の破片が集まったり、どれかから復活する様子もない。
「終わったのか?」
一人、また一人と奈穂さんの元へ駆けつける。大きな怪我も無いようで、あっけなくあの化け物との戦いがひと段落した。ここまで来るのがとても長かったが、俺らはあの化け物に勝つことができたんだ。
地面にへたり込んで勝利をみんなで噛みしめていると、ブロロロロとヘリコプターが飛んでくる音がした。それとともに、素早くこちらへ飛んでくる姿があった。遠くて見えなかったがそれは奏介のようだった。そして奏介は、
「今すぐそこを離れろぉ!」
と大声で叫んだのだった。