第6話 選択肢
翌朝、教室がざわついている。
人がちょっと小綺麗にしただけでこれか――こちとら生きているだけでも必死な毎日だったけれど、いざ目が見えるようになってからも、昨日の女子生徒や刑事たちのこともあった。
どうやら昨日の生徒は坪内葡萄だったらしい。それこそ格安量販店でエンカウントするような相手でもないと想っていたが、香苗とかいう友人の買い物に付き合っていたようだ。
これまでは遮光グラスを常用していたが、度の入っていない伊達眼鏡なんかも買ってみた。
移動しないときは、少しづつ試してみようと想う。
「飴川、なんだその眼鏡は?」「外見には気を使えと教えてくれた素敵な友人がいるんです」
「そ、そう……」
というと、それ以上詮索はされなかった。異様な目で見られていたのは確かだが、遮光グラスでは分かりづらかったろうこちらの『視線』を意識して怯えながら講義を続ける教員は、やや滑稽にさえ映る。
(今までこんなやつにねちねち言われながら要らん時間とモチベーション削られてたわけか……今なら殺せるのでは?)
雫は前向きだ。日常に“殺す”という具体的な選択肢、その道筋が見えた瞬間に光明が見えて開放的な気分がする。
あぁ“殺せる”って素晴らしい、“殺せる”というだけでこれまで損してきた総ての時間が報われたような気がしていた。
得体の知れない人外未知の力などどうでもいい、ただ殺すべきとき、当該の人間が死んでくれた、自分の悪運に面映ゆいというか、浮かれている。――でもそろそろ、力の正体を知りたいところだ。
(三人のチンピラを贄に手に入れた『視力』、っても俺の生活はマイナスからプラマイゼロに押し上げられただけだし……林檎姐が生きてたら、俺を叱るの?)
あの人が病気で夭折していなければ、何かしら言い含めてきた気はしないでもない。
ただ当事者の俺で把握できない、この異能の正体をわからないうち、軽率に自首を勧めないんじゃないのか。同時にそんな気もしてくる。
教室移動の際、杖をついていると、背中から声を掛けられる。
「浮かれてんのね、人殺しのくせに」
他人のことへまだ突っかかってくるというのか?
雫は階段の踊り場で立ち止まり、彼女を見上げた。
「――」
(あの女を殺すには、まだ力がどう作用するのか不透明すぎる。
昨日の時点で殺気はすぐに察知されていた、魂魄鎧を展開されたら干渉して無効化されるかもしれないし、危害を加えたら別件で――セクハラとか適当な口実つけて退学処分へ持ち込まれるだろう、分が悪い。
絶対殺したほうが早いんだけど……でも後始末がな、女生徒の失踪は噂に尾ひれが付きそうだ)
「あんた、混ざりものでしょう」「?」