第3話 殺意とは
俺は俺が何者であるかを知らない。
児童養護施設の前に捨てられていたから、実の両親の姿かたちなど知らないし、他人に世話を押し付けたなら、彼らに俺は要らなかったというそれだけのことだ。
昨晩の俺はどうやら、カツアゲに絡まれた不良三人を殺してしまったらしい。
死体すら遺っていないので、ひどく実感に欠けるが――。
(取り込んだのは視力だけじゃない、奴らの持っていた“一般教養”、常識、センスってこと?)
「けど学ランとボンタンってなんだよ、ほか二人からは不評だったようだし。
人の眼潰した挙句、参考にもならないな」
かといって彼らのセンスに振り回されるより、自分のセンスを磨いたほうが良さそうだ。
(昨日ので汚れた制服をクリーニングに出すしかなかった。
として、連中は財布以外遺してなかったんだよな、服と身体は?)
都合のいいように想われるが、財布の中には当然身分証も入っている。
現金を抜いて、一斗缶で灰にしてから原型を遺さないまでに砕いておいた。
自分はいつも、鼠色の部屋着なんかで過ごしていたのか。
眼が見えないまま進学してしまったし、元からインドア派なのはあるが、実際街中で見た人々に較べて、遥かにみすぼらしい恰好なのはいやほどわかっている。
「ドライヤーとワックスに……まず服、買うか」
一部の貴金属類は彼らが行きつけの盗品でも扱ってくれるという売店に持ち寄って、かっぱらうつもりでいるが、身分を詮索される可能性は考えられるので、慎重に扱おう。
(屑を三人殺しただけで、証拠消すこと考えなきゃならないとはな。
不可抗力なんだけど)
でもこの社会は司法が機能していて、殺人は当然裁かれる。
(でもこの力は、魂魄鎧ではないはずだ。
あれには人や動物を喰らうなんて機能、聞いたことがないし)
まずは安物でいいかと量販店へ向かった。
誰か――うちの学校の制服の誰かが、先程から疎ましげにこちらを見ている。
こちらも舌打ちしたら、向こうからその女子生徒はやってきた。
「学校休んでこんなところで油売ってる、どこの無能ですか」
「誰?いや誰でもいいな、俺が知ってるわけもない」
「うちの生徒でしょ、学校の評判落とすことして、恥ずかしくないの」
「今制服着てないだろう、うるせぇよ」「はぁ……そういうひとなの」
(こいつ殺そうかな?)
「殺意ってのはもっと隠すものだけど」「そんな主観的なものを語られても」
「模擬戦もやったことがない人は言うこと違いますね」
学内での模擬戦、見えもしないから欠片も面白くないものだが、殺意というものは剣先に乗るものだとはわかっている。魂魄鎧なるものの有無に関わらず、そういうフィーリングにかかる部分というのは、勝負事においてバカにできたものではない。
「どけよそこ、こちとら」
「目が見えないんじゃないの?
よくこんな雑多な量販店へひとりで来れたものね 」
確かに普段だったらバリアフリーもないこのような店へ来ることはないのだが、今は見て商品のきらびやかなパッケージを判別できる情報の洪水のようなこの場所は、いるだけで俺の感覚を満たしてくれる。
「……なにが言いたい」「目が見えないってのもどこまで本当なんだか」
少なくとも昨晩まではそれが俺の本当だった。