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白黒のツヴァイ  作者: 曉茉夜
序章 邂逅編
9/16

9.煽り癖は父譲り

 一秒と経たずに現れた五芒星は壁となり、的確に尊を狙った攻撃を跳ね返す。

 本当に面倒なことになった、と舌打ちをしたい気持ちを押さえつつ、半透明の壁の先で札を構える男──柴山を睨みつけた。

 彼は咥えていた煙草を地面に落とし、それを踏みつけて不敵な笑みを浮かべている。


「ハッ、今のを防ぐとはな……」

「なっ……な、な、何してるんですか! 柴山さん!」


 隣に立っていたはずの青年は、突如放たれた術に驚いたらしく、腰を抜かして青ざめた顔で柴山を見上げた。

 なるほど、この柴山という男が一人で突っ走っているだけかと冷静に分析しつつ、周囲を警戒したまま口を開く。


「……なんのつもりですか」


 聞かずとも動機はわかっていたが、時間稼ぎにでもなればいいと尊は冷めた様子で出方を窺う。

 柴山はふんと鼻を鳴らして高慢に笑うと、懐からさらに札を取り出した。


「お前は知らないだろうけどな……そこに封じられた悪霊は、本来なら俺が滅するはずだった。それを、お前の父親がかすめ取りやがったんだ……!」


 怒りに震える拳を握りしめ、憎悪に塗れた瞳で尊を捉える柴山。

 その話に聞き覚えがあった尊は、面倒臭いと言いたげな態度を隠すこともせず、投げやりに頭を掻いた。


「その話は、俺も親父から聞いてますよ。でもそれって、あんたがこの悪霊を浄化しきれなかったから、代わりに親父が封印したんすよね」


 以前、真咲がそんな愚痴を零していたことを思い出す。

 確かに尊にとって真咲という人間は、何を考えているかわからないし、言動も適当で隠し事も多いし、どうしようもない父親だ。

 しかし……そんな彼が、嘘だけは絶対につかないことを、尊はよく理解している。


「──横取りされただなんだと騒ぐ前に、一度自分の実力を見直してみたらどうです?」

「……クソガキ……!」


 冷淡な眼差しで放たれた尊の言葉に激昂し、(ことば)を唱えた柴山の手から札が飛散する。

 真っ直ぐに尊へと向かっていく札は、しかし彼の展開する結界に阻まれ、その身に辿り着くことはできない。

 バチン、バリバリと激しい音を鳴らし、辺りに火花が飛び散る様を見つめ、腰が抜けたままの青年が必死に後ずさりするのを睥睨(へいげい)した。

 弟子の教育もまともにできていないなんて、とさらに柴山という男の評価が下がっていくのを感じながら、尊は自分の横を通り過ぎていく札を盗み見る。

 結界が破れないからと、ヤケになってコントロールが(おろそ)かになっているんじゃないか、と眉をしかめた。

 しかし──ようやく攻撃が止んだ直後、尊はその認識を後悔することになる。


「──!」


 霊力が尽きたのか、脂汗を滲ませ肩で息をする柴山を見下ろし、「こいつ連合に突き出してやろうかな」と考え始めていた尊の背後で、ピシリという嫌な音が響いた。

 それと同時に、強力な瘴気が溢れ出す。

 とんでもなく嫌な予感を感じ取った尊は、勢いよく祠を振り向いた。


「……おい……ふざけんなよ」


 低い声を震わせ、額に青筋を浮かべる尊。

 その視線の先では……祠に張り付いた柴山の札が、悪霊の封印にヒビを入れていた。


「言っておくがな、クソガキ……痛い目見たくなけりゃ、あまり大人をコケにしない方がいい」


 目元に暗く影を落とした柴山と呼応するように、封印に入ったヒビはどんどん広がっていく。

 尊はとっさに飛び退いて、祠から距離を取った。


(ヤケになってたわけじゃなく……まさか、計算して俺の背後の祠を狙っていたのか)


 尊が展開した結界は、正面にのみ効果を発揮する。背後や真横からの攻撃には対応できない。

 しかし、いくら正面に対して強い結界とはいえ、そこまで狭い範囲に展開していたわけではない。真っ直ぐ攻撃したところで、直接祠に当たることはないだろう。

 だがそれが当たったということは、柴山が自ら祠に当たるようコントロールしていたことになる。

 その上、簡単に破られるような封印を、真咲が上級の悪霊に対して施すとも思えない。


(なるほど……だから親父は、この悪霊を退()()ではなく()()したのか)


 封印から漏れ出る瘴気から察するに、真咲ならば簡単に退治できただろう。

 陰陽師連合で定められた怪異の階級の中で、二番目に危険度の高い『上級』の悪霊だったとしても、あの男には取るに足らない存在のはずだ。

 けれど、そんなものをわざわざ封印した理由に見当がついた尊は、本当に面倒な仕事を回してくれたものだと舌打ちをしたい気分になる。


「ふ、封印が……!」


 尻餅をついたまま震える指で示した青年を一瞥(いちべつ)し、ガラガラと崩壊する祠を見やった。

 その中から現れたのは、大きな蜘蛛の体に牛の頭を持つ──牛鬼(ぎゅうき)と呼ばれる悪霊だ。


「ブモォオオオオッ!」


 封印からの解放を喜ぶような、けたたましい咆哮が木霊する。

 その音圧に堪らず耳を塞ぎ、尊はどうしたものかと策を練り始めた。

 本来なら牛鬼は『妖怪』と呼ばれるものなのだが、現代の陰陽師連合の基準では「人畜(じんちく)に害をもたらす妖怪」のことを『悪霊』と呼び、区別している。

 普段は大人しくしている妖怪でも、人を食らったり、攫ったりすると悪霊と認定され、陰陽師によって退治されるのだ。

 そしてこの牛鬼という存在は、古来より海や河川に現れ、毒を吐き人を食らうという獰猛で残忍な性質を持っている。なので出現するたびに退治対象になるのだが、その凶暴性から危険度は上級に認定されていた。


(親父が俺にこの仕事を持ってきたということは、つまり……「やれ」ってことでいいんだよな)


 辺りに漂う瘴気に呑まれぬよう、いきり立つ牛鬼を静かに見据える。

 ──十二歳前後で元服し、一人前と認められていた平安の時代とは違い、現代の陰陽師は十八歳以上でなければその資格を得られない。

 それは霊力を持つ者が減少の一途を辿る現代で、少しでも優秀な人材を後世に繋ぐための措置であった。

 そのため、資格──つまり陰陽帳を持たない者は単独で前線に出ることは許されず、その場合は陰陽帳を持つ一人前の陰陽師の同伴が必須となる。

 しかし……陰陽帳を持たないこの堂島尊という青年は、前線に出ることを特例で認められていた。


(まじで帰ったら覚えとけよ、クソ親父……!)


 剣印を結ぶべく両手を構えながら、よりにもよって数珠を忘れた日にこんな大仕事を任せた父親への不満で目が据わる。

 だが次の瞬間、それを阻むように前方から声が響いた。


謹請(きんせい)(たてまつ)る! 我が柴山吾郎の名のもとに、汝()()()()の魂を従えん! 我が畢生(ひっせい)を糧とし、応え給え! 汝の名、()()()()!」


 獲物を狙うぎらりとした目で牛鬼に見下ろされ、情けなく膝を震わせる青年の前に立ちはだかり、柴山が最後の力を振り絞って手印を結んだ。

 しかし彼が唱えた(ことば)に、尊は眉をひそめて動きを止める。

 今あの男が発動した術は、妖怪との契約を結ぶためのものである。それも一時的なものではなく、契約者が死ぬまでその魂を縛るという強力なものだ。

 どこで知ったのかは不明だが、恐らく()()()()というのがあの牛鬼の真名だろう。妖怪にとって真名とは魂そのものであり、それを握られれば魂を握られたも同然となる。その後のスイロウというのが牛鬼の仮の名だ。

 その有り余る獰猛さで退治の対象となっている牛鬼を、なぜわざわざ従えようとするのか……と(いぶか)しんでいると、輪になった契約の術式に囲まれ身動きを封じられた牛鬼から視線を移し、柴山が尊へ人差し指を突きつけた。


「さぁ、最初の仕事だ、スイロウ! あのガキを食い殺せ!」

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