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白黒のツヴァイ  作者: 曉茉夜
序章 邂逅編
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8.開いた口に戸は立たぬ

 カラリと玄関の引き戸を開けると、尊は背後を振り向いて会釈した。


「それでは、これで失礼します。また何かあればご連絡ください」


 丁寧な口調とは相容れない不愛想な表情に、背後に立っていた壮年の男は気を悪くした様子もなく深々と頭を下げている。


「本当にありがとうございました。お父上にも、どうぞよろしくお伝えください」


 その言葉にまた軽くお辞儀してそのまま外に出ると、音を立てないよう引き戸を閉めてから、尊は疲れたように首を回した。

 いつの間にかオレンジ色に染まった空を見上げ、小さく息を吐きだして歩き始める。


「ったく、親父め……数珠忘れたこと知ってんだから、こんなガッツリした仕事寄越すなっての」


 うんざりと肩を落として恨み言を吐き、先ほどまでの出来事を思い返す。

 香織と別れ、メモに記されていた現場に直行した尊は、そこで聞かされた内容が想像以上にハードだった事実にふつふつと怒りを煮やしていた。

 普段の学校終わりに頼まれる仕事といえば、その多くは見積りや事前調査、経過観察などの補佐的なものが多い。今回頼まれた四件の仕事も、いつもとそう変わらないだろうと思っていた。

 しかし、メモに記されていたその四つの案件は、ものの見事にすべてが実戦的な内容だったのである。

 一件目は呪物化した人形の浄化、二件目は廃屋に住みついた悪霊の退治、そして今終えたばかりの三件目は、一人娘にかけられた呪詛の解呪だった。

 せめて事前に詳細を教えてくれたらいいものを、あの男は一切の説明なしに息子を危険な場所に放り込んだのだ。話の通じる妖怪が相手ならまだしも、その身に宿った呪力で暴走する悪霊の相手なんて、命がいくつあっても足りないというのに。

 数珠がないため霊力の消耗は激しかったものの、幸い退治や浄化に必要となる霊具は一通り持ってきていたため、業務に支障はない。

 それでもやはり、あまりにもてきとうすぎる父親に対する怒りは募るばかりで、帰ったら断固抗議してやろうと決意を固める尊であった。


「ムゥ……ムッ」

「……はは、そうだな。よし! もう日没も近いし、さっさと最後の仕事を終わらせて帰るか」


 意気消沈する尊を慰めるように、ずっと頭に乗っていたムムが鳴き声をあげる。

 その気の抜ける声に口の端を緩めた尊は、拳を握って気合を入れ直し、最後の現場へと向かうのだった。




 ◆◆◆




 ──陽が沈み始め、闇に覆われつつあった林の奥。

 目的の祠があるその場所を進んでいた尊は、遠くに見えた人影に眉をひそめ、頭に乗っていたムムにリュックの中へ隠れるようこそりと言い聞かせる。

 数日前、真咲が上級の悪霊を封印したという祠。その付近に立つスーツ姿の二人の男は、尊に気が付くと慌てて進行を止めるように立ち塞がった。


「こらこら、ここは私有地だぞ。だめじゃないか、勝手に入ったら」


 窘めるような口調の二十代半ばの青年に、尊は内心で「またか」と飽き飽きしながらも、それを滲ませずリュックから取り出した学生証を提示する。

 こうして行く手を阻むということは、彼らも同業者だろう。その場合の対処法は把握済みだ。


「陰陽師連合所属、堂島家現当主の堂島真咲の代理で来ました。息子の堂島尊です」

「えっ……あ、あの(・・)堂島真咲の、息子……!?」


 学生証に記された名前と尊の顔を見比べ、目も口もあんぐりと開いて指をさす青年の後頭部を、煙草をふかす四十代半ばの男がすぱんとはたいた。


「指をさすな、馬鹿者。──うちの若いのが失礼したな。話は聞いている、好きに見てもらって構わない」

「どうも」


 無精髭を生やした男は、そう言って口に咥えていた煙草をつまむと、背後の祠を示している。

 それに素直に礼を言って二人を通り過ぎ、祠の方へと歩む尊だったが、すれ違いざまに送られた見定めるような視線にいい気分は抱かない。

 青年のようにわかりやすく表に出さないだけ大人か、と半ば諦めつつ、封印を施された祠を調べ始めた。

 これまでの三件の仕事とは違い、この最後の仕事については事前に真咲から聞いている。ここに来てようやく実戦ではない、ただ封印の状態を確認するだけという簡単な仕事だ。

 しかし、真咲が『退治』ではなく『封印』したということは、彼でも退治に至れないほどの強敵だった可能性がある。

 誤って封印を解かないようにと細心の注意を払いつつ、綻びや歪みがないか隅々に目を通した。


「──柴山さん、あの子が堂島真咲の息子ってまじですか」

「あぁ……間違いねぇよ。あの男の若い頃にそっくりだ」

「若い頃って……堂島真咲ってまだ若いですよね? あんな大きな子供がいるとは思ってなかったんですけど……」

「知らんのか。あいつ、俺と同世代だぞ」

「えっ。てことは……ご、五十代!?」

「声がでけぇ!」


 ばしん、と先ほどよりも大きな音が背後から響く。

 心配せずとも全部聞こえていますよ、と尊は内心で乾いた笑いを漏らした。

 といっても、彼らが噂しているのはあくまでも真咲の事である。自分の事ではないし、そもそも真咲がこんな風に同業者から陰でヒソヒソされるのも、あの胡散臭くてちゃらんぽらんな父親の自業自得だと思っているので、特に噛みついたりはしない。

 それに、昔から真咲は陰陽師たちの中で常に注目の的だったのだ。こんなことは尊にとって日常茶飯事。慣れたものである。


視える者(・・・・)が生まれなくなって、一度は没落しかけた堂島家を、その身一つで再建した稀代の天才……妖怪の肉を食らっただの、半妖の子だのといろいろ噂は聞きますけど……五十代であの若々しさだと、確かにそんな噂が立つのも頷けますね」


 一層小さく潜められた青年の言葉に、尊は激しく同意を示したくて堪らなくなる。

 けれどその気持ちを抑え込み、必死に聴こえていないフリをしながら結界札に触れ、霊力の残量を確認した。


「堂島真咲に関する逸話は数多く存在するが、そのどれもが都市伝説じみている。もはや、いつ人間を辞めて、大妖怪として君臨するかもわからねぇ……その息子もまた然り、だ」


 途端に、冷えた視線が背中に突き刺さる。

 酷い言い草だと肩をすくめ、真咲のせいで飛び火した事実に理不尽な気持ちになった。

 真咲は、陰陽師たちが属している『陰陽師連合』という組織の中で、トップクラスの実力を有している。

 ひとたび悪霊が暴走すれば被害を最小限に抑えて迅速に討伐し、彼の作る護符の効果も絶大で、その封印や結界は類を見ないほどに強固だ。

 その上、例え一般人が相手であったとしても、依頼にかかる料金は同業者と比べて格安である。

 どれだけ「妖怪の肉を食らった」や「半妖の子」などという噂が立っても、その信頼性と良心的な仕事ぶりは覆らない。

 つまり、同じ陰陽家業を営む者たちにとって、真咲は明確な商売敵。いわば目の上のたんこぶなのだ。

 そして……そんな真咲の息子である尊もまた、彼らにとっては煩わしい存在なのである。


「──禁!」


 背後から迫る殺気をいち早く察知した尊は、素早く振り向いて剣印を結び、宙に五芒星を描いた。

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