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白黒のツヴァイ  作者: 曉茉夜
序章 邂逅編
4/16

4.それぞれの体質

 ピーッという軽やかな高音が辺りに響くと、数人が同時に駆け出して、土埃が空に舞う。

 その様子をぼんやりと眺めていた尊は、突然つつかれた右肩に意識を向けた。


「なぁ、今朝からずっとボーっとしてるけど、大丈夫か?」


 訝し気に眉をひそめて顔を覗き込んできた茶髪の少年、楠木郁也(くすのきいくや)は、尊の中学時代からの友人である。

 いつもはくだらないことでバカ騒ぎをする彼に心配され、尊は少し居心地の悪さを感じながら頬を掻いた。


「あー、まぁ……ちょっと眠くて」

「ふーん。さてはあれだな? オカズ(・・・)選びに苦戦して、寝るの遅くなったんだろ。わかるぜーその気持ち」

「違うわ。お前と一緒にすんな」


 しみじみと頷く郁也の言葉をばっさり切り捨てて、短距離走に励むクラスメイトを眺める。

 この日は一時間目から体育の授業があり、皆どこか気怠さを隠しきれていない。

 尊もその一人だが、順番までもう少し時間があるため気楽だ。

 けれどそれ以上に、学校に来てからずっと何かを忘れている様な感覚に苛まれ、その違和感を拭うために思考を散らしていたのである。

 同じように眠そうに走順が来るのを待っていた郁也は、この炎天下での永遠に近い待ち時間を誤魔化すべく、明るい口調で話を続けた。


「それにしても、尊が遅刻してくるなんて珍しいよな」

「誰が遅刻したって? ちゃんと予鈴に間に合っただろ、まったく……お前より後に登校したやつを全員遅刻したように言うのやめろよな」


 尊の言う通り、今日の彼は決して遅刻はしていない。

 ギリギリであったものの、ヒスイのおかげでちゃんと予鈴が鳴る前には着席していた。

 しかし、普段一時間目開始直前に登校することがほとんどな遅刻常習犯の郁也からすれば、自分より後に登校した者は全員遅刻したように思えるのだろう。

 そもそもこの日、尊の登校がギリギリになったのも珍しいが、ホームルーム開始どころか、予鈴が鳴る前に郁也が登校していたという希跡も重なったのだ。

 そのおかげで、余計に郁也からの尊の遅刻認定は確固たるものになっている。「あまりにも自分本位すぎる」というのは、今朝そんな二人のやり取りを見ていた同じクラスの友人、雲類鷲(うるわし)(ともる)の言葉である。

 ちなみに、そんな灯は選択した体育種目が違うため、ここにはいない。


「わりーわりー。なんか俺、今日は珍しく早くに目が覚めてさぁ。何時に起きたと思う? 六時だぜ、六時。やばくね?」

「はいはい、やばいやばい」

「てきとうに流すなよっ一大事だぞ!」


 至極興味がないと言いたげに遠くを見つめる尊に、郁也は大げさに拳を掲げて抗議した。

 だが、五時起きが通常運転の尊にとっては、生憎とそれ以上の反応が出てこない。

 今日が珍しいだけで、普段体内時計が整いまくっている彼は、毎朝きっかり五時に起床する。

 なので威張られてもという感想しか抱かないのだが、それを知らない郁也はがくりと項垂れた。


「なんだよもぉ……お前も灯も酷いぜ。俺がホームルームの前に登校したからって、槍が降るだのなんだのってさ……ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃんか」

「あーうん、すごいすごい。明日からも頑張れ」

「そんな棒読みで言われても嬉しくねー」


 はーあ、とわざとらしいため息をつく郁也をてきとうにあしらい、まだ短距離走の順番が来ないことを確認して、尊はそっと周囲に目を走らせる。


(……今日はまた、随分と大所帯だな)


 仮にも友人の郁也を雑に扱う理由は、決して面倒なだけではない。

 先ほどからずっと感じていた、背筋を(ねぶ)るような視線。遠くの木陰に見え隠れする姿に、やはりと肩を落とした。 

 強い日差しで濃さを強める陰に潜むのは、首と胴が離れている子供に、角の生えた小さな鬼と、唐傘小僧。それから、枝の上には数匹のコダマが並んで座り、こちらを一様に眺めている。

 何やら機会を窺うようにじっと尊を凝視する彼らは、種族は違えど皆『妖怪』と呼ばれている者たちだ。

 その瞳は遠くから見てもわかるほど、獲物を狙う肉食獣のように爛々(らんらん)と輝いている。


(ヒスイから預かった手拭い、持ち歩いた方が良かったな……)


 ギラギラとした視線が痛いほど突き刺さるが、それに気づかないふりをして、教師に呼ばれた尊は郁也を含む数人と共にスタート地点に立った。

 実はヒスイに学校まで送り届けてもらった際、彼が愛用している手拭いを預かっていた。

 その理由は、ほかの怪異への牽制(・・)である。

 尊は生まれつき、怪異を惹きつける体質なのだ。ヒスイ曰く、怪異たちから見た尊は、猫にとってのまたたびのように映っているらしい。

 しかし、いくらいい匂いがする人間とはいえ、自分より圧倒的に上位の存在の気配があれば安易には近づけないだろう。

 それを見越してヒスイは尊に愛用の手拭いを渡したのだが、なんせ手拭いは持ち歩くにはかさ張ってしまう。

 未だリュックの中に入れたままの手拭いの存在を思い出し、頼むからせめて授業が終わるまでは襲ってくれるなよと願いつつ、尊は鳴り響く笛の音に地面を蹴り出した。




 ◆◆◆




「なぁ、知ってるか? 旧校舎に出るお化けの噂!」


 鬼畜な一時間目の体育を乗り越え、その後の授業もいつも通りこなして訪れた昼時。

 持ってくるのを忘れた弁当の代わりに、購買で買った焼きそばパンを頬張っていた尊は、正面でお化けのポーズを取る郁也から目を逸らした。


「……灯、サングラス替えたか?」

「おっ、わかる? 最近また視力悪くなったからさー、度数を調整するついでにフレームも新しくしたんだよね。ちょっと歪んでたし」

「へー、いいなその色。似合ってるじゃん」

「あったりまえよ、(ひかる)が選んでくれたからな」

「聞けよ!」


 隣に机を合わせていた灯の方に視線を流し、逃れるように何気なく彼が付けていたサングラスに話題を振ると、簡単に乗ってくれたのでそのまま会話を弾ませる。

 高校に入学してから出会った彼は生まれつき瞳の色素が薄く、極端に眩しさに弱いらしい。そのため、室内でも常にサングラスをつけていた。ちなみに『光』とは彼の双子の弟のことで、隣のクラスに在籍している。

 一切話を聞こうとしない二人に対して、郁也は負けじと机に手をつき身を乗り出した。


「サングラスの色とかどうでもいいだろっ! 女子かお前ら!」

「どうでもいいことないだろ、一大事だぞ」

「そうだそうだー。男子も小物でキャッキャさせろー」

「棒読みやめろや!」


 真顔のまま息をそろえる二人に嘆く郁也に、堪えきれなくなった灯が肩を震わせる。


「ふっ……ふふふふ、いやごめんって。郁也はからかい甲斐があるからつい……ふふっ……」

「この野郎……オラッ、卵焼き寄越せ!」

「あぁ~俺のたんぱく質が……しくしく」


 笑いのツボに入ってしまった灯の隙を見て、彼の弁当箱から卵焼きをかっさらう。

 すぐさま口の中に放り込んでしまった郁也に、灯は憤ることもなく、わざとらしくサングラス越しに目元を拭うふりをした。


「サングラスつけて涙拭いても意味なくないか?」

「いいんだよ、フリだから。ていうかずっと気になってたんだけど、尊って緑色の目なのに眩しくないの? 俺、ヘーゼル系なのに蛍光灯の明るさでもだめなんだけど」


 呆れて肩をすくめているとそう問われ、尊は首を傾げる。

 灯の言う通り、尊の瞳は鮮やかなエメラルドグリーンだ。

 瞳の色はメラニン色素の含有量によって変化し、黒色に近いほど光を通しにくく、青色に近いほど光を通しやすい。

 本来であれば、瞳が黄色の灯より、緑色の尊の方がより強く眩しさを感じるはずである。

 だが当の本人は気にした様子もなく、平然と紙パックの牛乳を飲んでいた。


「いや……生まれてこの方、極端に眩しさを感じたことはないな」

「眼球にライト当てても?」

「それは誰だって眩しいだろ」


 あまりにも極端すぎる灯の例えを、表情を消してすぱんと切り捨てる。

 すると、あんパンを頬張りながらその様子を眺めていた郁也は、我慢の限界を迎えたように立ち上がり、二人へ交互に人差し指を突きつけた。


「なんでサングラスからそこまで話広がるんだよ! いい加減、人の話を聞け! いいのか、俺そろそろ泣くぞ? いい年した男子高校生が教室のど真ん中で泣き喚くぞっ!」

「脅しが独特~」

「わかったわかった、聞いてやるから座れ」


 食べかけのあんパン片手に叫ぶ郁也に、教室中の視線が突き刺さる。

 彼が騒いでいるのはいつものことなので、心なしかクラスメイトも「またか」と言いたげな生温かい目をしていた。

 けれどそんな視線に晒される尊は、その居心地の悪さに耐え切れず、ついに折れて郁也を(なだ)めにかかる。

 こいつのこういった話は大抵ロクでもないんだよな、と内心げんなりと肩を落としながら。

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