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白黒のツヴァイ  作者: 曉茉夜
序章 邂逅編
3/16

3.不穏な予感

「まさか、そんなっ……あの主様が……! どれだけ窮地に立たされようとも、頑なに我を頼ろうとしなかったあの主様が! ついに! このスーパー最強ミラクル大妖怪、白虎(びゃっこ)の眷属である我を頼ってくださる日がついに!! あぁっ今夜はお赤飯を炊かねばなりませぬ! あとで鈴子殿に申し伝えねば!!」


 泣き出したかと思うとすぐに立ち上がって鼻息荒く拳を握りしめたヒスイに、尊はどのような感情を抱けばいいのかわからずに曖昧な笑みで誤魔化す。

 ちなみに「鈴子」とは、尊の母親の事である。


「大げさだな……」

「大げさではありません!」


 ずずいと顔を近づけて頬を膨らませる彼は、こう見えてこの辺りでは最強と謳っても過言ではないほどの大物だ。

 それこそ、まだ十五歳の尊が使役できているのが奇跡と呼べるほどの相手である。

 契約してもう三年が経つというのに、未だ彼を顎で使うことに抵抗のある尊は、ヒスイの信仰心にも近い忠誠心に余計に気後れしていた。

 興奮するヒスイをどうどうと(なだ)めて、落ち着かせるように肩を叩く。


「とにかく、赤飯はいいから。帰ったらブラッシングしてやるから、学校まで乗せてってくれないか?」

「ぶっぶぶぶブラッシング!? そんなっ身に余る光栄です! 主様のお望みとあらば、我は死力を尽くしましょうぞ!!」

「いや、そこまでしなくてもいいけど」


 嬉しそうに胸を張って頬を紅潮させ、得意げに大きく頷いたヒスイの仰々(ぎょうぎょう)しい言葉に、冷静な言葉を返した。

 褒美を提示すれば少しは落ち着くかと考えた尊だったが、それは逆効果である。

 ふんすと鼻息を荒くして肩を回すヒスイに、無事に学校に辿り着けるだろうかと不安が胸中(きょうちゅう)を占めた。


「では、さっそく参りましょうか」


 意気揚々と体を方向転換させ、尊に背を向けたヒスイ。

 その雪のように真っ白な髪がさらりと風になびくと、次の瞬間、彼の体が淡い光に包まれた。

 やがてその姿が視認できなくなったかと思うと、みるみるうちにシルエットが歪んでいく。

 光に包まれた彼の体は、徐々に人の形から四足歩行の形に変化していき、その姿がとある生物をかたどると、ヒスイを包んでいた光はぱちんと弾けて消えてしまった。

 そこから現れたのは──雪のような白と紺鼠色(こんねずいろ)の縞模様の体毛に、額から漆黒の一本角を生やした、三メートルほどの体長がある虎。

 大きな欠伸によって開け放たれた口の中には鋭い牙が並んでおり、全身がふわふわの毛で覆われていても、その筋肉質な体躯は見て取れる。

 襲われたらひとたまりもないだろうが、その綺麗に整った美しい毛並みと、宝石のように煌めく翡翠の瞳に、思わず見入ってしまいそうだ。

 これが、ヒスイの本来の姿である。


『主様、主様っ。どうです、この毛並み! 主様のために、日頃から入念に毛繕いしているのですよっ』

「うん、いつ見てもふわふわだな」

『ひゃーっ! 有難きお言葉!』


 頭の中で反響する声に応え、背中の毛を撫でつけた。

 嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らす姿は、もはや大きな猫にしか見えない。

 ヒスイのように、高い階級に位置付けられている妖怪は、その姿を変化させることが可能だ。

 特に彼は「尊と似た姿でいたい」という理由からほとんどの時間を人型で過ごしているため、尊もヒスイの本来の姿を見るのは稀である。


 ぶるりと毛を震わせてから、猫のように前足を滑らせて背伸びするヒスイを横目に、尊はリュックの中から紐のついた手のひらサイズの紙を取り出した。

 破れにくそうなその紙には、一見すると落書きのような文字が墨で描かれている。

 その文字のある面を外側にして目元を覆い、紙から延びる紐を頭に巻き付け後頭部で結んだ。

 アイマスクのように視界のほとんどを塞がれるはずが、不思議と尊からは紙が透けて見え、歩行などに支障はない。

 そのまま準備運動を終えたヒスイの背に(まだが)り、首元の一番長い毛が密集する辺りを掴んだ。


『主様が我の背に乗るのはいつぶりでしょう。せっかくなら遠出したいところではありますが、学校に行かねばならぬのなら仕方ないですね』

「あぁ、悪い。また今度、天気のいい日にでも出かけような」

『はい! それでは少々飛ばします故、しっかり掴まってくださいませ!!』


 尊がきちんと体勢を整えたことを確認してから、ヒスイは軽く地面を蹴って跳び上がった。

 瞬く間に、周囲の景色が雑木林(ぞうきばやし)から青空へと変わる。

 眼下には緑に囲まれた広い堂島邸の敷地と、その先に住宅街が広がっていた。

 そして一瞬の滞空時間を有した後、間髪入れずに尊を乗せたヒスイは、重力にならって凄まじいスピードで急降下していく。

 この高さから落ちたら洒落にならない、と尊は風圧に負けじと必死の思いでしがみついた。

 安全バーの無いジェットコースターに乗っているかのような、例え高所恐怖症でなくとも震えあがる恐怖に抗い、風に飛ばされて行きそうな紙を片手で押さえる。

 降下が始まって数秒の出来事だが、この状態で命綱となるのが自分の腕一本という事実に、尊は初めてヒスイの背に乗った時のことを思い出した。

 あの時は、背中の毛を掴むなんて痛いんじゃないかと遠慮して、極々弱い力で掴まっていた。

 しかし、そのせいで尊はあっけなく振り落とされ、間一髪のところでヒスイが拾い上げてくれたのである。

 もうあんな思いはしたくない……と顔を青くしていると、ようやく全身に浴びていた強烈な気流が消え去った。

 階段を下るように何もない空中を蹴り、徐々に地面に近づいていくヒスイは、しかし建ち並ぶ民家の屋根よりも下ることはせず、一定の高さで飛行を続ける。

 眼下にはまばらに人が歩いているが、誰一人として彼らに気づくことはない。

 尊の目元を覆う紙、通称『視認封(しにんふう)』によって、彼の姿は常人には見えなくなっているためだ。

 その時、ふとヒスイが思い出したように声をあげた。


『そうだ、主様。一つお伝えせねばならぬのですが、我は本日、同郷の者たちとの会合がありますゆえ、お迎えに上がるのが難しいかと……』

「ん? あぁ、大丈夫だよ。帰りはバスを使うから。久しぶりに会う仲間もいるだろ? 楽しんで来いよ」


 大福のような丸い耳をぺたりと伏せ、切なげに喉を小さく鳴らすヒスイの後頭部を撫でる。

 彼の言う『会合』とは、同じ里出身の身内で集まり、里や自分たちの近況を報告し、困りごとなどを相談し合う集まりだ。

 ……というのは建前で、実際は飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだったりする。

 尊も一度それに参加したことがあったが、その時は大きな酒樽(さかだる)片手に迫ってくるヒスイの父親が印象的で、非常に疲れたことをよく覚えていた──というかそれしか覚えてない──。

 なので今回もそんな感じなのだろう、そう思って尊は快い返事をしたのだが、なぜか当の本人は浮かない様子だ。


『楽しみたいのは山々なのですが……主様。近頃この辺りで、何やら怪しげな者がうろついておることはご存じですか?』

「あぁ、さっき親父が似たようなことを言ってたな。一体何なんだ?」


 「最近はこの辺りを妙なもの(・・・・)がうろついてるって噂もあるし」というのは、家を出る前に聞いた真咲の言葉だ。

 それを脳裏に思い浮かべると、強張ったヒスイの声音がまた頭の中で響く。


『それが何なのか、我でもまだわかっておらぬのです。度々姿を見かけるのですが、悪霊なのか、妖怪なのか、そもそも怪異なのかすらもわからぬような、不気味なものでした』

「接触はしたのか?」

『いいえ。毎回、瞬きをするうちに忽然(こつぜん)と姿を消すので……そこまで危険なものには思えませぬが、嫌な気配がするのです』

「嫌な気配、ね……」


 先ほどまでの騒がしさはどこへやら、途端に真面目なヒスイに違和感を覚えつつ、尊は誤魔化すように顎に手を当てた。

 まさかこの十数分の間に、真咲とヒスイの両者から似た話をされるとは思わず、もっと詳しい話を聞くべきだったと後悔する。

 五神(ごしん)の一柱『白虎』の眷属であり、一族の次期頭領(とうりょう)候補でもあるヒスイと、由緒正しき陰陽師の五つの名家『伍道家(ごどうか)』の一つである、堂島家の現当主を務めている真咲。

 そんな二人から同時に似たような怪しい話をされたとなると、その信憑性は一気に増す。

 ただ、真咲が「噂」と言っていた以上、まだそこまで大きな事件にはなっていないはずだ。怪異関連であれば、彼が把握していないわけがない。どうしようもない父親だが、そこだけは信頼できる。

 ひとまず、真咲から何らかの指示があるまでは勝手に動かない方がいいだろうと考え、尊はそれまでの思考を頭の隅に追いやるのだった。

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