超能力者のみそっかす
超能力が当たり前となった現代。
政府が超能力者を管理するために作られた制度が「相棒制度」だった。
7歳の誕生日を迎えると、人は超能力を発現する。そのため、現在では誕生日が同じ子供は二人一組で育てられるのだった。同性同士のペアもあれば異性同士のペアもあるが、バディは性別を超えた関係とされ、それぞれ別の家庭を持っているペアもいる。
トバリとレンもその「相棒制度」により、生まれた日から一緒に育ってきた。活発なトバリと控えめなレン。正反対の二人ながら仲は良かった。7歳を迎えるまでは。
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「うーん、目隠しだね。」
「目隠し?」
トバリの額に手をかざしていた判定師は、一瞬厳しい表情を浮かべた後、わざとらしい笑顔を見せてそう言った。
「そう。ちょっと他人の目を見えなくさせる能力。まあ落ち込まないくても、この程度の能力の人はよくいるから。」
この程度の能力。火を出すとか水を操るとか派手な能力を想像していたトバリは非常にショックを受けた。
「で、でも、これから強くなりますよね?」
焦ってそう訊くトバリに、判定師は曖昧な笑顔を浮かべた。
「たぶん、頑張ればね。じゃあ次の人も待っているから。」
判定師はそう言ってトバリを部屋から追い出してしまった。
部屋を出たトバリは、あからさまに落ち込んでいた。そんな彼女に追い打ちをかけたのは、外でもない相棒のレンだった。
能力の限界値をはかるための次の部屋に入ったトバリが見たのは、複数の職員に囲まれて戸惑うレンの姿だった。
レンが困っていると助けようと自然と足が向かうトバリだったが、途中耳に飛び込んできた言葉に立ち止まる。
「素晴らしい能力だ。」
「これは今までにない能力ではないか。ぜひ論文にしたい。」
職員たちの笑顔は作り物ではなく、本当に喜んでいる顔に見えた。レンはリュックを胸に抱え不安そうな顔をしていたが、トバリを認めた途端顔の緊張が解けた。
「トバリ!」
レンが手を振ってトバリを呼ぶが、トバリの足は動かなかった。
「トバリ?」
それから彼女の体はなぜか震えが起き始め、嫌な汗が背中を伝った。レンは心配するような声でトバリと何度も呼ぶが、その呼びかけに応えず、彼女ははよろめくような足取りでレンに背を向けて歩き出すのだった。
レンの怒った声が後ろから聞こえてきたが、トバリは心の中でしか謝ることができなかった。
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現代では能力で人間の優劣が評価されていた。
そのため能力が判明したトバリを待っていたのは、周囲の嘲るような目だった。
能力判明後の初日、トバリは学校で物がなくなったり、故意に能力をぶつけられそうになる。けれど、その度にレンが物を隠した犯人を見つけたり、トバリを守る行動をとったからか、次の日以降トバリにちょっかいをかけようとする者はいなくなった。
レンの能力は重力を操る能力で、簡単に人を潰せてしまうほどの力らしく、周りはそれを恐れたのだ。
自然とトバリとレンの二人の時間は増えていった。が、トバリはレンと二人でいるのは嫌だった。レンが能力を使うのを見るたびに、自らのどろどろとした嫉妬心と向き合わなければならないからだ。
しかし、いくらトバリがそっけない態度をとっても、離れようとしても、レンはトバリを追いかけ隣を離れなかった。
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最初の3年は、トバリはレンから逃げようと何度も試みた。しかしレンはトバリよりも圧倒的に運動神経も良かったので、いとも簡単にトバリを捕まえてしまうのだった。
そのうち、レンが能力を使うたびにトバリが嫌な顔をするのに気づき、トバリの前では力を使わないようになると、トバリは逃げることをやめた。
どうしても消えない嫉妬心はあったものの、長年共に過ごしてきたバディに酷い態度を取るたびに強い罪悪感に苛まれていたのだ。
避けるのをやめたトバリを見てレンは嬉しそうにしていた。けれど、トバリはすっかり無口になってしまっていたので、能力がわかる以前のような関係にはもう戻れなくなっていた。
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それから4年が経ち二人は17歳になったが、関係は変わらず、距離は近いが会話はなかった。
17歳になったレンは昔とは別人のようだった。かわいらしい顔立ちは端正な顔立ちへと変化し、身長も伸びて体格も良くなった。その見た目に加えて能力も強くなり、国一番の能力者と噂されるほどにまでなっていた。自信もついたようで、もう昔のようなおどおどとした態度は絶対取らない。
一方トバリは容姿も能力もあまり変わらなかった。一つ変わったとすると、目隠しの対象が一人から二人に増えたぐらいだった。
華やかで目立つレンと一緒にいるトバリは、よく陰口を叩かれていた。
"みそっかす女。早くレン様から離れて。"
レンが入れない女子トイレにそうトバリの悪口が書かれていたこともあった。その言葉を見て、トバリは傷つくことはなかった。
早くレンから離れなきゃ。そうトバリも思っていたからだった。
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レンは優しいから、バディの自分を見捨てられないだけなんだ。とトバリは思っていた。
周りにも格差があるバディは存在していた。そういったバディの"できる方 "は大抵他の"できる奴 "とつるんでいた。その場合の"できない方"はいじめられたり、一人孤立しているのが大半だった。
きっとレンはトバリがそうならないようにしてくれているのだ。というのがトバリの考えだった。
だけど、このまま相棒制度を続けると、学校を卒業した後、レンの可能性を潰してしまうことになる。
学校では授業はバディで行うが、それは社会に出ても同じ。二人で一つの仕事をすることになるのだ。バディ間の能力に差があると、"できる方"は"できない方"に合わせて仕事を得ることになる。トバリの能力からすると、能力に全く関係のない雑用や使いっ走りの仕事しか貰えないだろう。
大昔、トバリがレンにどんな大人になりたいかと聞いた時、
「トバリを守れるような大人になりたい。」
とレンは真っ直ぐな目をして言っていた。だからきっと、レンは治安維持の仕事、つまるところヒーロー的な仕事がしたいのだろうとトバリは読んでいた。
そういった仕事は花形職業と言われ、高能力のバディにしか仕事が回されない。トバリの能力だとほぼ確実に無理である。
だから、このバディは解消されなければならないのだ。その考えを、トバリは長い間持っていた。
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相棒制度では、社会に出るまで数回再編の機会がもたらされる。一度目は10歳、二度目は14歳、そして最後は学校の最終学年に上がる時である。社会に出てしまうと、いくら仲が悪かろうと自己都合でバディを解消することはできなくなるのだ。
10歳の時も、14歳の時もトバリはバディ解消をレンに持ちかけ、実際にバディ解消の希望を出した。しかし、それが通ることはなかった。
レンが同意せず、またそれを覆せるほど強い理由がなかったからだった。
だからトバリは次は絶対に成功させなければ、と計画を練っていた。
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「新しいバディを見つけて親交を深め、駆け落ち的にバディ解消を申し込む。」
トバリの計画は一言で言うとこうだった。
「うまくいくかなぁ。」
トバリの部屋の机でホログラフィックの男が不安そうに呟く。
「うまくいくよ。・・・たぶん。」
そう答えるトバリに、男はたぶんかぁと苦笑した。
「でも前例があるの。この新聞の記事によると、運命の相手に出会った少女は、彼とバディを組むためにダブルバディ解消を計画。最終的に少女は運命の相手と、そして少女のバディは彼のバディと再編されたって。」
「うーん。でもその記事古い記事だよね?」
「・・・30年前。」
明らかに自信をなくして答えるトバリに男は少し焦った顔をして、
「まあやってみなくちゃわからないよね。」
と励ますように言った。トバリはありがとうとお礼を言って、やっぱり新しくバディを組むならこの人しかいないと思うのだった。
男の名前はリク。トバリが見つけた新しいバディ候補である。彼はトバリほどは弱くないが、比較的トバリと近い能力値を持っていた。
彼との出会いは1年前。学校のカフェテリアでランチを食べている時、珍しくレンが教師に呼び出された。
「絶対に、ここから離れちゃダメだよ。」
そうトバリに言ってレンが走り去った後、カフェテリアが急に混雑しだした。周りの空席がどんどん埋まり、カフェテリアが満席に近くなった頃、四人席に二人で座っていたトバリのところに尋ねに来たのがリク達だった。
「すみません。ここの席、つかってもいいですか?」
トバリはレンとばかり一緒にいて、あまり人と関わる機会がなかったので二つ返事で了承した。レンはトバリ以外の人と一緒にいるのが苦手なのか、常にトバリと行動を共にし、トバリと一緒にいるときに間に入られることを嫌っていたのだ。
「ありがとうございます。僕はリクと言います。で、こっちが僕のバディのマリア。」
「はじめまして。私はトバリです。」
そう名前を言うと、リクとマリアはえっと驚いた顔をした。
「トバリさんってあの、」
リクは名前は言わなかったが、トバリはレンのことだろうと思い頷く。
そうすると、二人は顔を青ざめてトレーを持って立とうとするので、トバリは慌てて二人を止めた。
「お話、しましょう。」
あまりに必死なトバリの表情に、二人は頷くしかなかった。
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人ときちんと話すことは久しぶりだったので、トバリは話すときにしどろもどろになってしまったが、二人はちゃんと話を聞いて答えてくれた。しばらく三人で話していると、トバリはだんだんと昔のように話せるようになってきた。三人は波長が合ってたようで、10分もすると最初の緊張はすっかりとけて、踏み込んだ話もできるようになっていた。
「え、バディを解消するつもりなんですか?」
その話の流れで、トバリはリクとマリアがバディを解消する予定ということを知る。
「ええ。といっても、難しい理由なんてないの。ただ卒業したら私は海外の祖母の元へ行かなきゃならないから。」
「この国の人じゃなくなるから、しょうがないよね。」
そう言って二人がお互い顔を見合わせて苦笑する姿に、トバリは一種の憧れの気持ちを抱いた。
「じゃあ、私と組みませんか。」
そのせいか、気がついたらそう口にしていたのだった。
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「トバリ、待たせたね。」
戻ってきたレンにそう言われたトバリは小さく首を横に振る。リクとマリアはもう食事を済ませて立ち去っていた。
「校長がしつこくて。」
「?」
首を傾げるトバリに、レンは冷めてしまったカレーを口に運びながら答える。
「ミオリと組めって何度も言うんだ。」
「ミオリ。」
トバリはミオリという名に聞き覚えがあった。確か去年、珍しくバディを持たずに転校してきた少女の名前がミオリだったはず。転校生は他人の超能力を増幅させる力を持っているらしい、とトバリのクラスでも話題に上がっていた人物だ。
「レンと相性が良さそう。」
トバリはそう口にして、すぐに後悔した。レンが怒った顔をしてこちらを見たからだ。
「俺は、トバリ以外と組むつもりはないよ。」
力強く言うレンに、トバリは頷くほかなかった。
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トバリがリクとバディを組めば、レンはミオリと組むことになるだろう。そう思うと、トバリは心のどこかがチクリと痛んだ。それはきっと、長年一緒に過ごしていた人と別れることに対しての痛みなのだろうとトバリは思った。
最終学年になるのは来月。そして、バディ解消が決まるのが今月のことだ。トバリは既に解消希望の紙を提出していた。レンが反対するのは目に見えていたので、今回は解消のことについてレンには言っていない。
今日は最後のひと押しをするため、久しぶりにリクと会う予定だった。二人で一緒に教師のもとに向かうつもりだ。
朝、トバリはドアをノックする音で目を覚ます。毎朝レンが起こしにくるのが常だった。ドアを小さく開けておはよう、と笑うレンにトバリは伸びをしながらおはようと答える。
「今日は体力錬成の授業があるから、体操着を忘れないようにね。」
「うん。ありがとう。」
このように、レンは非常に面倒見がいい性格だった。毎朝トバリを起こしにきて、彼女の忘れ物がないかをチェックし、髪がはねていたら治してくれた。
そんな日々ともあと数日でお別れになる。そう思うと、トバリは切なさを覚えると同時に、バディ解消までレンに甘えすぎないようにしよう、と意気込むのだった。
二人並んで朝食を食べ、学校へは徒歩で向かう。
いつもはレンがトバリに合わせて歩くが、今日はトバリがレンに合わせるために早足で歩いていた。
「なんだかトバリ、きびきびしてるね。」
軽く息を切らしながら歩くトバリを見て、レンは楽しそうに笑っていた。
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「バディ解消の紙、貰ってないぞ。」
中年の教師はリクとトバリを見ると怪訝そうにそう言った。トバリは顔から血の気が引いて、リクの方を見ると彼は眉を顰めていた。
「トバリ、出したって言っていたよね?」
言葉が出ず、トバリは祈るような目をして頷いた。
その様子を見た教師は深いため息をつき、
「訂正するからってお前のバディが持っていったじゃないか。」
と言うと、机の上の書類を手にとってトントンと整えながら、「忙しいから、あとは自分のバディに相談しなさい。」とトバリとリクを部屋から追い出してしまうのだった。
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2人が戸惑いながら部屋を出ると、廊下にレンが無表情で立っていた。
「おつかれさま。用事はもう済んだかな?」
トバリと目があうと、レンは貼り付けたような笑顔を見せた。綺麗な笑顔なのにどことなく凄みがあり、怯えたトバリが隣のリクの袖を掴むとレンは手に持っていた紙をぐしゃりと握りつぶした。
「あ!それってもしかして。」
リクは凍った空気をものともせず、袖のトバリの手を外してレンに近寄り手の紙を覗き込んだ。
「やっぱり、バディ解消届だ。」
その言葉に、トバリは今度は怒りが湧いてきた。
「なんで、そんなことするの。」
「それはこっちの台詞だよ。隠れて何かしてると思ったら案の定バディ解消の届を出して。そんなに俺のことが嫌いか?」
「嫌いじゃないよ。」
「じゃあなんで。」
「だって、」
言葉に詰まったトバリは、助けを求めるようにリクを見た。その視線をレンは見逃さず、トバリの肩を掴み無理やり目を合わせる。そこでトバリはハッと気づいた。
「こいつと、バディが組みたかったのか?」
レンは悲しそうな表情をしていたのだ。声も震えていて、そんなレンにトバリは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
「私とバディを組んでいたら、レンの夢は叶わないじゃない。」
トバリはゆっくりと、レンに言い聞かせるように言う。
「だから、私とバディを解消しなきゃだめでしょ。」
そう言葉にすると、今度はトバリも悲しい気持ちが湧いてきて、目が潤んだ。
「ちょっと待って。夢って何?」
「ヒーローになる夢。」
「誰が。」
「レンが。」
レンはこぼれ落ちそうなトバリの涙を指で優しく拭おうとして、ぴたりと固まった。
「はぁぁぁぁぁぁ。」
そして、空気が抜けたような、大きなため息をついてしゃがみ込むのだった。
「ヒーローみたいに人を守る仕事をするのがレンの夢でしょ?」
トバリは当然のようにそう言うと、レンは違う!と大きな声を出して否定した。
「・・・俺は別に誰かを守る仕事に就きたいわけじゃないよ。」
「え?」
小さく呟くレンの声はトバリにはよく聞こえなかった。
「俺は、」
レンは立ち上がってトバリの肩を掴む。
「俺は、お前だけを守りたいんだ。」
まっすぐに見つめながらそう言われて、トバリは顔を真っ赤に染め上げた。トバリの心臓は激しく鳴り、頭もうまく回らなかったが、なんとか頷いて見せると、レンは嬉しそうに笑ってトバリを抱きしめた。
2人のやり取りを側で見ていたリクは、まるで他人事のように「ヨッ!トバリのヒーロー!」と謎の掛け声をして拍手をしたのだった。
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「本当にごめんなさい。」
その日の夜、トバリは部屋でホログラム姿のリクに頭を下げた。
「いやいや、いいものを見せてもらった。こちらこそありがとう。」
そう言うリクにトバリはなんでできた人だと目を潤ませると、その様子を見ていたレンがトバリの肩を抱いてリクを睨んだ。
「そんな顔しなくても、とったりしないよ。」
「当たり前だ。」
「そんな態度しちゃだめだよ、レン。」
トバリがそう言うと、レンはすぐに落ち込んだ顔をして、まるで叱られた犬のようだ。
「バディの件、これからどうしよう。リクとバディを組めなくなっちゃったし。」
「それは大丈夫。むしろ君たちのおかげで、俺はマリアについていく決心がついたよ。」
「海外に行くの?」
「ああ。さっきマリアとそのことを話したんだ。トバリたちの話をしたら、やっぱりねって笑ってたよ。」
「マリアさんはすごいんだね。」
「そりゃあそうさ。なんてったって彼女の能力は予知だからね。」
「え?」
「そうだった、これは秘密にしなきゃいけないんだった。内緒にしてね。それじゃあ、海外に行ったらまた連絡するよ。」
そう言って軽くウインクをして電話を切ったリクに、レンもトバリも呆然として見ているしかできなかった。
トバリの頭の中では、計画を話したときの記憶が思い出されていた。
トバリの話を聞き、手を握って「大丈夫、全部うまくいきますよ。」と言ったマリアはおかしそうに笑っていたのだ。