表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

8.紅茶とミルクティー

 馬車のなかには沈黙が漂っていた。

 ユリスの話が終わる頃にやって来た白面の使用人たちに連れられ、エルザとロロットは馬車に乗り込んだ。

 今エルザたちは二台の馬車で、教会への定期巡回に向かっている。

 行った先で何をするのかはいまだ教えられていない。

 白い面をつけた者たちは、御者以外は前方を走る馬車に乗ったため、エルザは会ったばかりのロロットとふたりきりだ。

 ふたりが乗っている馬車は窓がふさがれていて外を見ることもできないのに、ロロットは閉ざされた窓の方に目をむけたままずっと黙りこんでいる。きまずい。

「………………あの」

 勇気をふりしぼって口をひらくと、無言でロロットが視線をエルザに向けた。

 その目には攻撃的な色がのっていて戸惑う。彼女もグレイブのようにわかりやすければ楽なのに。

「聞いても、いいですか……?」

「……なに」

 不機嫌ではあるがそれでも会話はしてくれるようだ。少しほっとした。

「塔の魔法使いって、七人いるんですよね」

「あんたが来たからもう八人だけどね」

「もう一人はどこにいるんですか?」

 ユリス。ノア。グレイブ。ヴィエイにロロットにマルク。エルザが会った魔法使いは六人だ。

 一人足りない。

「一人じゃない、二人。今あの塔にいない魔法使いは二人いる」

「でも、ユリス。ノア。グレイ……」

 一人。二人。指を一本ずつひらいていると、仕方なさそうにロロットが言った。

「あいつは塔の魔法使いじゃない」

「……え?」

「ノアってやつ」

「けど、魔法を、ノアは魔法を使っていました」

 昨日、ノアも魔法を使えるのかと問うた時に肯定もされた。魔法使いであることは間違いないはずだ。

「だから言ってるじゃない、塔の魔法使いじゃないのよ。あいつはただのユリスの客人」

「客人?」

「そのうちいなくなる、よその魔法使い。私もそれしか知らないし、興味もない」

「そう、なんですか。あ、でも、それならなんか、良かったです」

「なにが?」

「いえ、あの、私が思っていたよりはあの塔は開けているんだなと思って少し安心したというか」

 あの塔ごと魔法使いは隠されているというわりに、こうやって白面の使用人たちを同伴すれば外に出られる。

 ノアのように外から訪れる魔法使いもいる。

 それなら少しの不自由を我慢すれば済む話なのかもしれない。貴族令嬢の生活だってエルザの自由になることは対してなかった。

 もしかしたらそこまで悲観することもないのかもしれない。

「あんたさあ」

 だが気をゆるませたエルザを嘲るようにロロットが笑った。

「馬鹿なの? ああ、ごめん。そうじゃないね。あんたがじゃない、お貴族様はみーんな馬鹿なんだ」

 その甘ったるい毒を含んだ言い方に気づかされる、彼女は貴族を憎んでいる。

「危機感も何もない。安全な場所でぬくぬく暮らしてきた生まれだけが上等な生き物の集まりだもんね、貴族って」

「……否定はしません。事実ですから」

 昨日をのぞけばエルザは危険な目に会ったことなどない。令嬢としての暮らしは安全ではあった。衣食住に困ったこともない。

 生活のために必死になったことだってない。お膳立てされた毎日を送ってきた。

「――――あっそ」

 それきりロロットはまた黙り込んでしまった。

 馬車というやつは、優雅な見た目のわりに乗り心地は全くよくない。

 がたごとと道をすすむたびに振動が身体に伝わってくる。何度乗っても好きにはなれない乗り物だ。

 今なら自動車を発明した人の気持ちがわかるような気がする。きっともう馬車にはうんざりしていたのだ。

 エルザは痛みをまぎらわすために口をひらいた。

「貴族だって、言わなくてもわかるんですね」

 ユリスはエルザが貴族であることは彼女たちに話さなかった。

 多分、彼にとっては貴族であるかどうかはどうでもいいのだろう。彼女にとってはどうでもよくないだろうに。

「平民はあんたみたいな綺麗な髪や肌にはならない。あんた手にあかぎれのひとつもないじゃない」

 働くことを知らないやつの手ね。とロロットは鼻で笑う。

「……でも」

「なに」

「えっと、いやあの……なんでも……ないです……」

「言いかけてやめられる方がイライラするんだけど、言いなさいよ」

 嫌味に聞こえてしまうかもしれないとためらっていたのだが、仕方ない。

「あの、綺麗だなって思って」

「は?」

「ロロットさんの髪。ミルクティーみたいな綺麗な髪だなって、はじめて目にしたときから、ずっと、思ってて」

 おそるおそる口にすると、ロロットは予想もしてないことを言われたように目を丸くした。

「……それはあんたでしょ」

「私?」

 聞き返されたロロットは、はっと息をもらすとふさがれた窓に顔を向けた。

 がたごと鳴る車輪。その音の隙間に彼女はぽつりとこぼした。

「紅茶みたいな色してるじゃない、あんたの髪」

「そう、ですかね」

 ほわりとあたたかな気持ちが胸にともった。ロロットは多分、根は嫌な子ではない。

「なに笑ってんのよ。別に……、ほめたわけじゃないから」

 つんと顔をそらしてロロットは腕を組む。

 笑ったらまた怒られてしまうだろうから、エルザは口元にぐっと力を入れた。

「はい、わかってます。でもありがとうございます、嬉しいです」

 そういえばエルザとして生まれてから同年代の女の子とまともに関わったことはなかった。

 年が近くとも使用人とは距離があり、最低限の会話しか交わさない。

 ロロットと、仲良くなれるだろうか、これから。

 人との関わり方がすっかり下手になってしまった。すぐ諦めて、仕方ないと引き下がってばかりだった。

 けれどこれからここで生きていくのなら、エルザは、彼女と。

「あんた、マルクのことどう思った?」

 エルザからそそがれる視線に観念したのか、ロロットが初めて自分から口を開いてくれた。

「えっと、ロロットさんのこと好きなんだろうなって、思いました」

 話しかけてくれたのが嬉しくて声がうわずる。だがそんなエルザとは反対にロロットは顔をしかめた。

「なっ……はあ?」

「え?」

「ちっがうでしょ! そんなこと自分から聞くやついる? どう考えてもちがうでしょ!」

「すみません……」

 せっかくロロットが話しかけてくれたのに怒らせてしまった。

「どんな育ち方したらこんなに能天気な人間になるわけ?」

「すみません…………」

 俯くエルザの頭上から大きなため息の音が聞こえる。

「マルク、喋らないでしょ」

「大人しい子ですよね」

「ちがう」

 十六年間まともに他人と関わらなかったせいなのか会話がまったく噛み合わない。また怒らせてしまったかもしれないという焦りで、胸の内がぞわぞわする。

「大人しいからじゃない。あの子は、マルクはね、喋れないの」

「喋、れない?」

 喋らないのではなく、喋れない。

「魔法使いは、だいたいが子どもの頃に無意識に魔法を使う。昨日はじめて魔法を使ったあんたとは違ってね」

 感情が高ぶると無意識で発現するのが普通だとユリスも言っていた。

「マルクもそうだった。マルクが泣くと地面が揺れた。私が子どもの頃は竜巻を起こしてた。私達にとっては普通のこと。けど魔法使い以外にとってはそうじゃない」

 男を燃やしたエルザに向けられた眼差しを思い出す。まるで化け物を見るような目をしていた。

「マルクの親は魔法を災いだと思った。あの子が泣くたびに変なことが起きることに気づくと、呪いだと思うようになった。マルクが、悪魔にとり憑かれているのだと思うようになった」

 憤りをこらえるようにロロットは奥歯をかみしめた。

「そしてマルクの親は、あの子を殴るようになった」

 ロロットに抱きしめられて嬉しそうにしていたマルク。喋れなくとも、普通の幼い男の子だった。

 塔に来る前なら今よりもっと幼かったはずだ。

 見知らぬ男たちに乱暴に手を掴まれただけでエルザは恐ろしかった。

 親に、殴られるというのは、どれだけ怖くて悲しいのだろう。その痛みに胸が詰まる。

「泣けば殴られて、痛みでもっと泣けばさらに殴られる。マルクは怖くて泣けなくなって、そのうち泣き方を忘れた。叫び方を忘れて、怒り方も忘れて、喋り方も忘れてしまった」

 ロロットが昨日まで魔法を使わずにすんだエルザに怒りを覚えたことにも納得がいった。

 彼女のとても静かな語り口が余計にマルクの痛みを鮮明にさせた。

「マルクは今もね、怖いんだと思う。殴られるかもしれないって恐怖がなくならなくてただの一言も喋れない」

 悔しさを吐き出すようにロロットは言う。

「もういないのに。マルクを殴る人は、もうどこにもいないのに」

 ロロットは唇をぎゅっと噛みしめた。勝ち気な彼女の瞳が悔しさで揺れている。

 頼りないその姿に知らずエルザの手が伸びた。その手が彼女の手を握ろうとしたのか、まだこぼれていない涙をぬぐおうとしたのかは、エルザにも分からなかった。

「だから!」

 弱気を振り切るように顔をばっとあげたロロットの勢いに驚き、伸ばした手は引っ込められた。

「マルクを傷つけるようなことは絶対しないで、言わないで。怖がらせるようなことをしないで。喋らせようともしないでちょうだい」

「……はい」

「あの子を傷つけないで、もう充分、これ以上ないってくらい傷ついてるんだから……」

 いまにも泣きだしそうにロロットの顔が歪む。だが涙がこぼれることはなかった。

 きっと彼女もマルクと同じ。自分の涙をのみこむ生き方をしてきたのだ。

「はい。教えてくれて、ありがとうございます」

「マルクのためよ。あんたのためじゃない」

 またロロットがつんとエルザから顔をそむける。そんな様子も今は少し可愛らしかった。

 全部がマルクを全力で守ろうとしているだけだった。

 ユリスの言う通り、彼女は面倒見のいい人のようだ。

めずらしく書いてすぐ出ししてるので

せっかくだから記録用に書き終わった感想残しておこうと思います


話ごとの長さそろえようとしてたのに難しくなってきた

馬車で話してるだけなのに前回より長い、前向きに諦めよう!

そんなわけで各話長かったり短かったりになります

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ