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5.指輪は首輪

 あまりに軽くユリスが言うから、笑うことも真剣に受け止めることもできなかった。

「……ころすんですか?」

 ただエルザは馬鹿みたいに言葉を鸚鵡返しした。

「殺したいねえ。でも残念ながら殺せないんだよね」

 やはりユリスは飄々と物騒なことを口にする。

 けれどそこに恨みも怒りも執着も何もこもっていないから、どうにも真実味が薄い。

「見て、これ」

 そう言うとユリスは顔の前まで右手をかかげた。

 その右手の中指には指輪がはめられていた。

「これ呪いの指輪なんだよ」

 銀の台座にはまっている目を奪われるほどに美しい青い宝石を、ユリスは無造作に爪の先で弾く。

 見るからに高価そうだったので、雑な扱いにエルザは目をみはった。

「こんなことじゃ傷のひとつもつかないよ。忌まわしいことに頑丈なんだ」

「本当に呪われているんですか」

「そうだよお。そばにいたら君も呪われちゃうかもね」

 青い石を見せつけるようにしながらユリスが意地の悪い笑い方をする。

「怖がらせてどうする」

 子どもみたいなからかい方をしたユリスをとがめると、ノアはエルザに向かって申し訳なさそうな顔をした。

「すまないな、エルザ嬢」

「お、なに気取り? なに気取りなんだいノア。僕よりもエルザに好かれようとするのは許さないよ」

「いちいちつっかかるな」

「仕方ないだろう。浮かれてるんだ」

 ユリスの目が自分を捉えたことによって言外にこめられた彼の意図が伝わる。

「魔法使いが増えるのは、ユリスにとって嬉しいことなんですか?」

「君がそう思うならそういうことでいいよ」

 肯定も否定もされず釈然としなかったが、踏み込むには彼のことを知らなさすぎた。

 不用意に近づいて彼の逆鱗にでも触れたら困る。真実エルザの味方なんて人はこの部屋にいないのだから。

「えっと、ユリスはその、魔法使いを隠している人たちのことが、嫌い、なんですか?」

「嫌い? なんかそれ可愛い言い方だね」

 くすくすとユリスが楽しげにしている。ただ憎いとか、恨んでるとか、そういった強い感情を言葉にするのにためらいがあっただけなのだが彼にとっては面白かったようだ。

「そうだね。好きではないし、嫌いといっていいくらいには不愉快に思ってるね」

「でも、ここにいるんですか?」

 短い付き合いだけれど、彼の性格なら気にいらなければすぐに出ていきそうだと思う。

「そのための呪いなんだよ」

 ぐっと左手に力をいれてユリスは指輪を外そうとした。だがどれだけ引っ張っても指輪は微動だにしない。

「呪いっていうか首輪だね。この指輪が僕をここに縛ってる」

「いつから?」

「僕がはじめて魔法を使ったその日から」

「それ、は……」

 それは、囚われているというのではないだろうか。

「僕らの居場所はここだけだって言っていましたよね」

「言ったね」

「ここが居場所なんじゃなく……、魔法使いには自由がないんですか」

「何を自由と呼ぶかによるんじゃない?」

 そう言いながらも、ユリスの口ぶりは肯定しているのと同じだった。

「だましたんですか?」

 じわりと裏切られた痛みが胸に広がった。

 味方だと思っていたわけではない。それでもユリスがエルザに向ける視線に感情が揺さぶられていたことを、心に広がる痛みで気づいてしまった。

「帰してください」

 でも、どこに帰るというんだろう。

 この世界には本当の意味で帰りたい場所なんてないのに。

「エルザ。僕は君にだけは嘘をつかないよ」

 こみあがってくる感情を振りきるようにエルザは大きく首を横に振った。

「嘘はつかなくとも、本当のことも口にしないんじゃないですか」

 もしそうならそれはなんて貴族らしい振る舞いだろう。

 日本人だって本音と建前はあったけれど、貴族のそれは段違いだ。

 会話の一体何割に本当の言葉が潜んでいるのだろうと疑うだけ時間の無駄。本当のことなんてほとんど口にしない。

 けれど例え嘘でも父も母も、エルザを愛してるとは言わなかった。

 そんなこと今このときに考えなくてもいいのに、ふっと脳裏に浮かびあがって消えずにこびりつく。

 それもきっとこの人のせいだ。

 ユリスが、まるでエルザのことを大切な存在のように扱うから。

 もう失ってしまった天宮夕子だった頃の、家族を思い出しそうになるんだ。

 もう、どこにもないのに。

 どれだけ嘆いても面影すらかすれていくばかりなのに。

 泣いたって、誰も助けてくれないのに。

 おとうさん。おかあさん。おねえちゃん。

 泣いて、すがって、甘えたい。

 もうちいさな子どもじゃないのに、それでも子どもみたいにすがりたい。

 誰もいない世界は、怖いよ。

「じゃあ逃げちゃおっか」

 俯く視界にユリスの指にきらめく青い石が見える。ユリスの手がエルザの両手をやわらかく包んだ。

 少し冷やりとしている、綺麗だけれど大きな手だった。

「……え?」

「いいよ。エルザがそう望むなら、こんな塔は壊してしまおう。そして君のいたい場所に行こう。どこだって連れていってあげるよ」

 不敵な笑みをユリスが浮かべる。そして先ほどよりもほんの少し強くエルザの手を握った。

「僕は結構嘘つきだし、善人でもないけれど、それでもこれだけは本当だ。僕は君を大切に思っている。僕の持てる力のすべてで、君の願いを叶えるよ」

「どうして……」

「ねえ僕はね、君に本当に会いたかったんだ。僕はもうもらってるから、今度は君に返したい。それだけだよ」

 言葉に詰まった。ユリスがあんまりにもやさしげな目でエルザを見るから、何も言葉が出なくなってしまう。

 ユリスがどうしてこんなにもエルザを特別視するのかは分からない。分からないから、不安で怖い。

 理由が分からない好意は、突然割れて壊れそうでよりかかれない。

「エルザ」

 それでもこの手が、冷やりとしていた互いの手が、触れた場所からじんわりとあたたかくなっていって。

「ユリス、わたし」

 自分でも何を口にしようとしたのか分からなかったそれは、だが、身がすくむほどの大きな音にさえぎられた。

 それは跳ね返りそうな勢いで応接室の扉が開かれた音だった。

「ユリス様! お帰りになられ……!」

 焦りと安堵が混じった声をあげたのは、くすんだ灰色の髪をした男。

「その女は?」

 睨むようにエルザを見るその目には、歓迎の色は見当たらなかった。

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