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4.魔法使いは神の御使い

 白亜の塔は、内装もまた白い大理石でつくられていた。

 玄関に入って上を見上げると、螺旋状にどこまでも続く階段が見える。

 渦を巻くように作られた階段を中心に階ごとに何部屋かあるようで、外から見たよりも塔の内部は生活感があった。

 一階には右手側にだけ大きな扉があり、ぽかんと口を開け立ち止まるエルザを横目に、ユリスもノアもそちらに足を向けた。

 彼らが近づくと扉は勝手に開いていった。

 扉の先は応接室のようで、一般的な屋敷と同じようにテーブルやソファが置かれている。

「ああ疲れた」

 ユリスが紺青色のソファにごろりと横たわると、どこからともなく白い面をつけた女性が現れテーブルにお茶の用意をしていった。

 準備を終えると、彼女は声も出さずに部屋から退室していく。

 呆気にとられたエルザの顔がおかしかったのか、ユリスがぷっと吹き出して笑った。

「君の家にだってメイドくらいいるだろう」

「いますけど……」

 使用人はいるが、白い面で顔を覆っていたりはしない。

「彼女たちはなぜ面をつけているんですか?」

「御使い様に顔をさらすのは恐れ多いんだってさ」

「あの、御使い様って、なんですか?」

 彼はこの塔を御使いの塔と呼んだ

 御使い。神が天より使わした者。

 名称だけなら教会に類似する建物が予想できるが、それにしてはこの塔は宗教の色が薄く生活感が強すぎる。

「僕と君のこと。僕らのことだよ」

「……意味が、よく」

「あれえ? でも君、つかっていたよね」

「何、を?」

「魔法」

「まほう」

 大人が冗談でもなんでもなく口にした単語とは到底思えなかった。

 魔法なんて、絵本の中か大昔の話でしかない。

 千年も昔には魔法も当たり前に存在していたらしいが、今となっては真実かもあやしい。

「冗談、ですか?」

「もしも冗談なら僕はすごくつまらない男だね。そう見える?」

「……わからないです」

「否定してよお」

「あなたが、わからないです」

 飄々としていて掴めない。笑っているけれどそれが本心かもわからない。

 もしも嘘をつかれたとしてもそれが本当か嘘か判断することもできない。

「そう。なら教えよう。僕の何が知りたい? なんでも教えるよ、君になら」

「どうして」

 どうして、ユリスにとってエルザが大切な相手であるように振る舞うのだろう。

 特別扱いをするのだろう。

 彼がエルザに声をかけるたびに疑問だった。けれどそれを、どう問えばいいのかがわからない。

「冷めるぞ」

「……え?」

「茶が冷める」

「すみません、いただきます」

 ノアに促されるままにカップに口をつけると、紅茶の香りと熱が気分を落ちつけてくれた。

「ユリス」

「うん。なあに?」

「あなたは魔法が使えるんですか?」

「そうだよ」

「出会ったときに私の服を乾かしたのも魔法ですか」

「うん」

「ノアも、魔法が使えるんですか」

 雨でもないのに突如降りそそいだ大量の水。冷静になって状況を振り返ってみれば不自然だ。

「ああ、そうだ」

「………………私も、そう、なんですか?」

 問うのは恐ろしかった。

 自分が自分でも理解のできない化け物になってしまっていたのなら、まばたきすることすら恐ろしい。

「そうだよ」

「あ、の、男が、燃えたのも、私の、」

「あれはあの男の自業自得だよ」

 ゆっくり窘めるように言うと、ユリスはエルザの隣に座り握りしめていた手を開いていった。

「君の魔法だけれど君のせいじゃない。男は魔法使いに手を出そうとした報いを受けただけさ」

 爪の痕の残るエルザの手のひらをいたわしげに見るユリスの横顔は、偽りのない労わりがみえた。

「どうして私、急に」

「それが不思議なんだよね。どうして今まで君が一度も魔法を使えなかったのか」

「え?」

「子どもの頃とかさあ、転んだ拍子に何か燃やしたりとかしなかった?」

「してないです」

 ユリスが綺麗な形の眉を片方あげて首をひねる。

「感情が高ぶると無意識で発現するのが普通なんだけど、極端に大人しい子だったのかな」

「そうかも、しれません」

 大人しい子、というよりはきっと精神が大学生だったからだ。口に出したら正気を疑われるから言えないけれど。

「魔法使いはさ、生まれた瞬間から魔法使いなんだ。君もそう。だから急にではないよ」

「はい……。あの、魔法使いって結構いるものなんですか?」

「あんまりいないかな。今ここにいるのだって……、あれ? 何人だっけ?」

「お前含めて七人だ」

「七人だって。国中全部かき集めてこの人数だから、まあ貴重なんじゃない」

 この国の総人口など確認しようもないが、どれだけ少なく見積もっても数万人は暮らしているだろう。

「どうして、私たちは魔法使いの存在を知らないんですか」

「ああ、そうか。そういえばそうだったね。ねえノア、僕ってやっぱり常識知らずってやつなのかも」

「そうか、俺はそうだと知ってたけどな」

 眉間の皺を指先でほぐしながらノアが言う。

「この塔、敷地に入るまで見えなかっただろう」

 周囲に高い建物があるのならともかく、他のどこよりも高いはずのこの塔は入口の門をくぐり抜けるまで影も形も見当たらなかった。

「隠されているのさ、僕らは」

 嘲るようにユリスが笑った。

「……どうして?」

「魔法使いは神の御使いだから」

「神、の?」

「まあ実際のところどうかは誰も知らないけどね。でもそう信じられている」

 たったの一度も、噂話ですら耳にしたことのない話だった。

 普通だったらどれだけ隠されていたとしても、人の口に戸は立てられない。

 例えば迷信のように、例えば怪談のように、本当に存在するのならひそやかに流れてしかるべきものだ。

「はじめて聞きました」

「そりゃそうだよ。僕らを信じるやつらは、真剣に信じて、真剣に隠しているんだ」

「信じているのに隠すんですか?」

 もしも信じているのなら誇るような気がする。信仰とはそういうものではないのか。

 それとも転生前は無宗教の日本人で、転生後の今も信仰心の欠片もない自分だから理解できないだけなのだろうか。

「彼らは敬いながら畏れているのさ」

「畏れて? 何を?」

 ユリスは、それは綺麗に整った顔に笑みを浮かべた。

「いつか僕に殺されるんじゃないかってね」

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