12.魔法レッスン、ステップ1
「殺す気か!」
ちりちりと焦げた前髪をつまみながらグレイブが怒鳴り声をあげた。
「ごめんなさいごめんなさい! わざとではないんです!」
顔を青くして、エルザは膝につきそうなくらい頭を何度も下げた。
「わざとやられてたまるかこんなもの!」
「だっさいわねグレイブ。よけなさいよそれくらい」
巻き込まれないように少し離れたところにいるロロットから、からかうような声がかけられる。
「なら代われ」
「私は火と相性よくないもーん」
ピクニックのように敷物の上にバスケットとお茶を用意した彼女は、完全に見物する構えだ。
彼女の隣に座っているマルクに目を向けると、ビスケットを食べながらだったが頑張れとでも言うように頷いてくれた。
マルクの気持ちは嬉しいが、どう頑張ればいいのかもわからずエルザはさっきから途方にくれていた。
今日は、グレイブに魔法の使い方を教わっていた。
グレイブに連れられてやって来た塔の三階には、壁を取り払ってつくられた広くて頑丈な石造りの空間があった。
魔法実験や訓練に使っているここは、火柱をあげようが爆発を起こそうが壊れたりしないらしい。
失敗してもいいからやってみろと言われわからないなりに魔法を使ってみたのだが、グレイブの説明はエルザには要領を得ないものばかりでどうにも上手くいかない。
そして先程、十三回目の火柱をあげたところでグレイブの我慢の限界がきた。
「お前……………………、不器用、か?」
言葉を選んだ時間の長さから、彼にはエルザができない理由がまったくもって理解できないことが伝わった。
「あの、呪文とかないんですか?」
器用不器用の問題ではない。彼らにとっては当たり前の感覚でもエルザにはよくわからないのだ。
幼い頃に魔法を使い始めた彼らとエルザでは最初の一歩が大きく違ってくる。
子どもと大人で語学の習得に差が出てくるように、エルザの魔法は何度繰り返しても上達する気配がなかった。
「呪文を使うのは魔術師だ。魔法使いは術を使わない」
「魔術……師……?」
「お前は本当に何も知らないんだな……」
呆れながらもグレイブは説明してくれるようだった。
「魔術師は後天的に学ぶことで魔術を使えるようになった者たちのことだ。魔法の素養のない者は呪文を媒介にして術をあやつる。それが魔術だ」
「はあ」
「おい、ちゃんと話を聞け」
「聞いてます! えっと、じゃあ、魔術師が呪文を使うなら魔法使いは何を使って魔法をあやつるんですか?」
「自然にある魔の力、お前なら火だな。それを認識して、動かす。それだけだ」
はじめて発現した魔法がどうやら一番相性の良い魔法のようで、例えばエルザなら火。グレイブとマルクは土。ロロットは風と相性がいいらしい。
「だから、えっと、それがいまいち要領を得ないっていうか……」
火を使うと言われても、エルザとして生まれてから一度も自分で火をつけたことなんかない。
それ以前だって理科の実験でガスコンロを使ったくらいだ。実家の調理器はIHで料理でだって火を使うことがなかった。
「やりたいことをちゃんと明確に思い浮かべるだけでいいのよ。ねえ、マルク」
ロロットの発言にマルクはこくりと頷く。
「お前……想像力が……乏しいのか……?」
残念そうな目でこちらを見るのはさすがに傷つくのでやめてほしい。
「ま、魔術の方が簡単なら……、魔術でもいいんじゃないでしょうか! 試してみたいです、呪文!」
感覚頼りの魔法よりも呪文のほうがまだ理解できる気がする。
「なにを言ってるんだお前は、魔術師の数倍の力が使えるのにわざわざ魔法使いの道を捨てるなんて酔狂にもほどがあるぞ」
「……そんなに違うんですか?」
「魔術師は小手先の力しか使えん。コントロールはできてないがお前がさっきからあげてる火柱くらいの規模のものは、あいつらには一生かけても使えないだろうな」
「え?」
「それくらい差があるんだ」
「たいしたことができないのに魔術学校まである国も存在するらしいんだから、物好きなやつらよねえ。苦労して特別になりたいなんて馬鹿みたい」
冷めた声だった。どうやらロロットは魔術師のことをよく思っていないらしい。
「魔法使いは……存在を隠されているんですよね……?」
それなのに学校が?
「この国ではな」
「他の国は違うんですか?」
「ああ、だが……他の国にはそもそも魔法使いは万に一人も産まれないらしいがな」
そうなんだろう? とグレイブが入り口に現れた人影に問いかける。
「そうだな」
一日ぶりに見かけたノアは、やはり上から下まで黒ずくめの格好をしていた。
ノアは、よその魔法使い。ロロットが馬車でそう言っていたことを、エルザは思い出した。
一気にきりのいいところまで書く方が向いてることに気づいたので、不定期更新になります。