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11.ユリスとロロット

「おかえり、エルザ!」

 塔に戻ったエルザを迎えたのは、両腕を大きく広げ満面の笑みを浮かべたユリスだった。

「……お出迎えありがとうございます」

 腕を広げられたからといって、昨日まで知りもしなかった相手の胸に飛び込むわけがない。だからといって無視するわけにもいかないので、エルザは当たり障りのない礼だけを伝えた。

 ハグも拒否され、ただいまも言ってもらえずユリスは心なしかしょんぼりしていたが、それでも彼はかいがいしく彼女を労った。

「疲れただろう。夕飯はどうする? 少し休んでからにしようか?」

「そう、ですね。少し部屋で休んできます」

「ああ本当に疲れているんだね。そうだね、それがいい。夕飯は食べたくなったときにいつでも食べられるようにしておくから、ゆっくりするといいよ」

「ありがとうございます」

 優し気な声から逃げるようにエルザはユリスから離れ自室へ向かった。

 今はまだユリスが恐ろしかった。天から落ちた雷のまばゆさがまだ目に焼きついている今は。

 ユリスは昨日も今日もエルザに対する態度はなんら変わりがない。それがまた恐ろしい。

 人の身でありながら、空を操る。

 はかりしれないその力を知りながら平然と会話を交わせるほど、エルザの神経は太くない。

 せめて時間がほしかった。たった一晩だけでもいいから。

 エルザは明日も明後日も、彼と同じ空間で生きていく他ないのだから。

「ロロット、君もお疲れさま」

 浮かないエルザの背中を見送ると、労りの色が消えた冷めた目をしてユリスが言った。

 先程までのかいがいしくエルザを気遣う彼の様子に鳥肌がたちそうだったロロットは、いつも通りに戻ったユリスに安心しながら口を開く。

「あの男、わざと招き入れたでしょ」

「なんのことかな?」

「しらじらしい、あんな派手に演出しておいてごまかせると思ってるの?」

 今日の巡回は、始めからずっとライルが空から見守っていた。

 ロロットやグレイブが普段行っているときはユリスはそんなことはしない。

 エルザのことをよっぽど気にかけているのか、はたまた見張っているのか本当のところは知らないが、彼が彼女を特別扱いしていることだけは確かだ。

 そんな風に彼の目があるなかで、外から男が教会に忍びこめるわけがない。

 彼が意図的に見逃したのでなければ。

「嫌な男」

 忍びこませ、見せつけた。

 人の枠を超えた人間がどういう扱いをされるのか。どんな懇願をされるのか。どんな風にすがられるのか。

 そして祈りを切り捨てる姿も見せつけた。これから自分たちが何度も繰り返すだろうことを。

「帰る場所はないんだって、そんなにあの子に知らしめたいの? 人間たちのなかに魔法使いの居場所はないんだって、思い知らせたい?」

 ロロットはエルザのことが好きではないけれど、傷つけたいとまでは思っていない。

 彼女には優しく接しながら、他人を使ってわざと怖がらせるようなユリスのやり方がロロットは気に食わなかった。

「エルザのこと、気に入った?」

 だがユリスはロロットの怒りなんて毛ほども気にしない。そういう男だ。分かっているからロロットも今更そんなことでは怒る気にもならない。

「気に食わないわよ、あんな能天気な女」

「ひどい言い方をするなあ。そんなところも可愛いじゃないか」

 気色が悪い。

 ロロットが知る限り、ユリスは誰のことも気にかけない男だった。

 誰のことも必要としない男だった。

 塔の代表として魔法使いたちの面倒は見ているが、そうしているのだって他にすることがないからだとしか思えない。

 それくらいエルザが来る前までのユリスは情のない男だった。

 それなのに、誰だこれは。

 ユリスとの付き合いは十年を超えるがこんな姿は一度も見たことがなかった。

「あの子と話してると調子が狂うのよ、なんであんなにのんきなの」

「彼女は人とあまり関わってこなかったみたいだから仕方ないんじゃない?」

「はあ? だってあの子、貴族でしょ。使用人だのなんだのといくらでも周りにいるはずじゃない」

「そりゃ、いただろうね。いるだけならいくらでも」

「……周囲から厭われてたの? でも魔法は発現してなかったんでしょ?」

「些細な理由で人をつまはじきにできるのが人間さ」

 魔法使いだったから、居場所がなかった。

 ロロットも、マルクも。

 じゃあ魔法使いじゃなければ人は不幸にならないのだろうか。

 そんなことはない。そんなことは、知ってる。

 ああ、だからか。

 だからあの子は教会で、寄る辺のない凍えた瞳をしながら笑っていたのか。

「エルザはどうやら君のことが好きみたいだね」

「どうだかね。好かれるようなことしてないけど」

「仲良くしてやってよ。いくら僕でも女友達にはなれないからさ」

 本当にどうしたことだろう。この変わりようは。

 ユリスが、他人の気持ちを慮って、気にかけている。

 あのユリスが。

「あの子……何者なわけ?」

「君たちと同じ魔法使いだよ」

「本当にそれだけならあんたのその態度はなんなのよ」

 ロロットもマルクもグレイブもヴィエイも彼と同じ魔法使いだけれど、ユリスがロロットたちを慮ることはない。

 それが彼の普通だった。

「そんなに変かい? 誰かに好かれようなんてしてこなかったからなあ」

「あんたが誰かに好かれようとすることが異常事態でしょ」

「まあそうだね。嫌だなあ失敗して彼女に嫌われでもしたら」

 どこまで本気で言っているのかはわからない。これまでの彼からしたら、エルザに対する言動や行動は何もかもがイレギュラーなのだ。

「ねえまさか、あの子に一目惚れでもしたわけ?」

 ありえない思いつきだが、どうやら世の中には恋で狂う人間もいるらしい。 

「恋? まさか、違うよ。ああでも恋の方が良かったのかもね」

「なにそれ」

「恋の方がずっと人間らしくて単純で美しかったんだろうなあ、って話」

「意味がわからないんだけど」

「わからないだろうからわからなくていいよ」

 子どもの頃からユリスのいるこの塔で暮らしてきたけれど、ロロットはユリスのことなど何もわからない。

 それはきっとエルザの周りにいた使用人と同じだ。

 ただ近くにいるだけ。ユリスとロロットも、ただそれだけだったのだ。

 ずっと、何年も。

仲は別によくないけど付き合いは長いふたりって関係性…好きだな…ということに気づきました。

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