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rindou

作者: 瑪瑙

 あるとき、林道のなかでひとつの大きな木を見つけました。


 なんだか気に入った少年は、毎日その木の名前を呼びにやってくるようになりました。


 少年が手をあげると、呼応するように枝が静かに揺れ、


 少年が座り込むと、いたずらのように少年の頭に葉が舞い落ちました。


 季節が何度変わっても、揺れる葉が何度雪のように消えても、木は必ずまた茂って少年の頭上を彩りました。


 少年はたった一本のこの木が大好きでした。


 木もまた、少年のことが大好きでした。


 だから、少年が水のように風のように雲のように遠くへ行ってしまっても、少年の帰りを信じて疑わずにじっと待っていました。


 自分が一歩たりとも歩けない事実を茂る葉のなかに隠して、じっと待っていました。


 でも、待てども待てども少年は帰ってきませんでした。



 *****



 あるとき、林道のなかでひとつの大きな木を見つけました。


 人知れず泣きじゃくる少女は、毎日その木の陰に隠れにやってくるようになりました。


 少女がひとつ涙を零す度に、大粒の木の実がひとつ落ち、


 少女が笑う度に、それを抱きしめるように少女の周りを枝が包み込みました。


 季節が何度変わっても、揺れる葉が何度雪のように消えても、木は必ずまた茂って少女の頭上を彩りました。


 少女はたった一本のこの木が大好きでした。


 木もまた、少女のことが大好きでした。


 だから、後ろ髪を引かれるように目の前から去っていった少女が、またここに帰ってくることを少しも疑わないようにして待っていました。


 自分にとって二度目の別れを引きとめることもできない事実を太い幹の陰に隠して、じっと待っていました。


 でも、待てども待てども泣きたくなるくらい、少女は帰ってきませんでした。


 少しずつ成長を続けていた木はもうすでに、ありあまる寂しさを隠すには十分すぎるくらいに大きくなっていました。



 *****



 あるとき、林道のなかでひとつの大きな木を見つけました。


 人に言えないことをたくさん抱えた青年は、毎日その木のもとに憂さ晴らしをしにくるようになりました。


 ある日は太い幹に連なる円をいくつも描いて、それを的にしたり、


 またある日は、大きく広がった根のふもとを爆竹の試し打ちの場所にしたりしました。


 青年はこの木をたった一本の木だとは思っていませんでした。


 ただ木は、どんな形であれ寂しさが紛れるのならこれでも嬉しいと思っていました。


 結局その青年は季節のひとつ分すら待たず、霧のように何処かへ消えてしまいました。


 でも木は、こんな出会いでもいなくなってしまったら不思議なくらいに寂しくなってしまいました。


 木は、ただただ誰かが自分のもとにやってくることを願って待ち続けました。



 *****



 あるとき、広野のなかでひとつの大きな切り株を見つけました。


 木は、不意に自分の名前を思い出しました。


 丸くて平らな座面から伝う感覚は、今まで感じたことのないくらい、温かいものでした。



 木は、幸せだと思いました。





どうも、瑪瑙です。

満足していただけたら嬉しいです。

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