氏元狼狽す
小田原城では、真右衛門の話を聞いた氏元が眉間にしわを寄せて困っていた。
「今一度聞くが、確かに吉親が馬車に乗っていたのだな」
「はい、間違いございません」
「……となると、これは事実とみるべきなのか。しかし、もののけを喚び出すとは……高秀、そちはどう思う?」
「そうですな、にわかには信じがたいことですが、江戸様のご性格を考えると、あり得ぬ話ではないかと」
高秀の意見を聞いて、氏元の顔は一層険しくなる。
「全く、何を考えておるのか。で、どう対処する?」
「ひとまず、江戸に偵察の者を出しましょう。そのうえで吉親殿の話を聞き、必要とあらば、もののけ討伐の兵を出すということで」
「兵を出すのか?」
幕府の目を考えると、できるだけ穏便に済ませたいという思いが氏元にはあった。
「無論話し合いで解決するのであれば、それに越したことはありません。ただ話を聞く限りでは、話し合いでの解決は難しいような感じがいたします。いずれにせよ、兵の準備ぐらいはしておくべきでしょう。それと、至急この件を秀頼様にお伝えすべきかと」
「今すぐにか? もう少し状況がわかってからではダメなのか?」
「時が経ちますと、噂などによって秀頼様のお耳に入る可能性があります。そうなりますと、誤った印象などをお持ちになるかもしれませんので、できるだけ早くこちらから状況を説明し、殿のお考えなどを正しく理解していただくのが肝要かと存じます」
「相わかった。では、早速腕の立つものを江戸へ偵察に向かわせよ。それと、紙と筆も用意せよ」
「承知いたしました」
高秀の進言を受けて書状をしたため始めた氏元であったが、しばらくしてそれは無用のものになるのであった。




