芸への想い
「辰巳さん、なんか始まるみたいですよ」
「あ、本当だ。なんだろ、宴会の余興みたいに手品やダンスでもやるのかな?」
「大名の宴席ですからね、猿楽とかかもしれませんよ」
ワクワクしながら二人が見ているなか、三味線や鼓などといったお囃子の人たちが舞台の周りに並び、派手な着物を着た男の人が舞台に上がった。
「ご宴席半ばではございますが、ここで、高下駄舞踊をご披露させていただきます。私、高下駄舞踊家の森田八十助と申します。精一杯頑張らせていただきますので、どうぞ最後までお付き合いください」
八十助は挨拶を済ませると、用意していた漆塗りの高下駄を履き、そしてスタートを告げるかのように、手に持っていた扇子を勢いよく開いた。
「ハッ」
それを合図にお囃子が演奏を始め、八十助はタップダンスのように軽快に床を踏み鳴らしながら踊り始める。
「これ、『高坏』の発展版みたいな感じですね」
「たかつき? 大阪の?」
辰巳は酔っていた。
「違いますよ。歌舞伎の演目に『高坏』っていうのがあるんですけど、その中に下駄でタップダンスを踊る場面があるんです」
ユノウは筋金入りの歌舞伎ファンで、名優として知られる九代目市川團十郎や五代目尾上菊五郎の演技も直接見聞きしていた。
「あー、確かに言われてみればタップダンスだ。……まぁ、扇子がある分、舞の要素が大きいけどね」
お酒を飲みながら楽しげに舞踊を見ていた辰巳だったが、不意に寂しげな表情を浮かべた。
「あれ? どうしました?」
ユノウは辰巳の顔を覗き込んだ。
「!?」
酔っているせいか、いつもより色気が増しており、辰巳は思わずドキッとした。
「あ、今あたしの顔を見てドキッとしたでしょ」
「するわけないだろっ」
辰巳は誤魔化すように猪口に入った酒をグイっと飲んだ。
「ふふ……。で、なんであんな顔してたんですか?」
「……」
「言いたくないなら、無理に言わなくてもいいですよ。けど、一人で悩むより、誰かに話した方が気が楽になりますよ」
ユノウは優しく言うと、空になった辰巳の猪口に酒を注いだ。
「……俺さ、ずっと悩んでたんだよね。何をやっても親父や爺さんと比較されるからさ、それこそしゃべりは爺さんのようにやった方がいいだの、親父のようにもっと細部にこだわって紙を切れだのと、客や評論家から色々と言われるんだよ。そのうえテレビやラジオとかにちょこちょこ呼ばれるようになってきたら、今度は親の七光りだって陰口叩かれるようになるんだからさ、嫌になるよ。……だからこっちの世界に来て、純粋に実力だけで評価されたことがすげぇ嬉しかったんだよね」
「そうだったんですか」
辰巳の話を聞いて、ユノウが抱いて疑問がひとつ消えた。
その疑問とは、“地球に帰りたい”という意志の薄さである。
ユノウが色々とケアしているとはいえ、帰り方などの質問ぐらいはちょいちょいしてきそうなものだが、辰巳はそれすらほとんどしてこなかった。
ユノウは理由を聞いてみたかったが、下手に聞いてメンタルのバランスが崩れてしまっても困るので、ずっと我慢していたのだ。
「……たださぁ、芸人らしいことは全然やってないんだよねぇ……」
こちらの世界に来てから、紙切り自体は何度となくやっている。
が、そのほとんどは“冒険者”としてであり、“芸人”として紙切りをやったことは皆無であった。
加えて、奈々たちも辰巳のことを“芸人”として見ることはなく、“冒険者”として見るようになっていた。
辰巳はその辺りのことを少し寂しく思っていたが、決して口に出すことはなく、その気持ちを心の奥底にしまい込んでいた。
ところがお酒によって、しまい込んでいた場所の蓋が緩み始め、舞台上で舞踊を披露する八十助の姿を見たことをきっかけに、抑え込んでいた感情が漏れ出してしまったのだ。
「じゃあ、舞踊が終わったらあそこで紙切りをやりましょうよ。もちろん、あたしがお囃子をやりますから」
辰巳は猪口に入った酒を見つめながら考えた。
「うーん……やっぱやめとこう。酔った流れでやるのは、ちょっと違う気がするからさ。幸い、こっちにも演芸の文化はあるみたいだし、そのうち機会がやってくるんじゃないかな」
しゃべったことで少し気持ちが楽になったのか、辰巳の顔に笑みが戻っていた。




