ゆるりと雑談
話し合いを終えて大道寺家の屋敷に戻った辰巳たちは、明日朝の出発に向けて、それぞれの部屋で思い思いに過ごしていた。
「すげぇ慌ただしい一日だったな」
辰巳はビーズソファーに思いきり体を沈み込ませていた。
「本当ですね。飯屋襲撃、夏さんご落胤、占い騒動終結、これが一気にですからね」
「俺、夏さんのところで一日分の驚きを全部使っちゃたんだろうね。お城で占い師とやいのやいのやってるのを、すんごい冷静に見てたもの。普通だったら、ああいう裏切らせるやり取りって、ドキドキしながら見守るもんだろうね」
あたしもなんだが疲れましたよ。あ、ジュース飲みます?」
「飲む飲む」
「はい、どうぞ」
同じようにビーズソファーに体を沈めていたユノウは、レッグポーチから瓶のオレンジジュースを二本取り出すと、栓を抜いて一本を辰巳に手渡した。
「サンキュー。また、随分とノスタルジックなものを出してきたね」
ユノウが手渡したのは、透明な瓶に白字で商品名を書いただけという、どこか懐かしさを感じさせるデザインのオレンジジュースだった。
「いいじゃないですか、昭和のジュースなんてそう飲めるものじゃないんですから」
「まぁね。しっかし、本当に色んなものが入っているな。これだってそこに入っていたんだから」
辰巳はソファーをポンポンと叩いた。
「基本家具とか家電なんかは、処分せずに全部この中に入れちゃいますからね」
他にも部屋の中には、化粧台にローテーブル、オーディオアンプにスピーカーなど、ユノウが地球生活時に使っていた様々な代物が置かれていた。
ちなみに、電気は家庭用のソーラー発電機でまかなっている。
「俺、明治時代の扇風機なんて初めて見たよ。改めて、本当にユノウはすげぇ昔から日本で暮らしてたんだなって実感した」
リラックスした様子で会話を楽しむ辰巳。当人は気づいていないが、日常的に地球のものを見たり使ったりしていることで、慣れない異世界生活で生じるであろう様々な精神的負担が軽減されていたのだ。
「あれはちょっとショックでしたね。あたしのとっておき明治エピソードより、扇風機を見た時の方がリアクションが良かったんですから。ところで、なんにも言ってくれないですけど、あたしの歌どうですか?」
室内に置かれたレコードプレーヤーからは、ユノウが出した二枚目のシングル「蒲田でバッタリ子安でウッカリ」が流れていた。
「どうって? ……昭和歌謡って感じの曲だね。それよりさ、やっぱり小田原には馬車で行くのかな?」
特に感想らしい感想もなかったらしく、辰巳はさっさと話題を変えた。
「じゃないですか、日本と違って、倭国は馬車交通がすごく発達しているみたいですから」
口を尖らせながらユノウが答えたように、大坂開府以降、倭国では馬車交通が著しく発展していた。
その礎を築いたのは、ケンタウロス族の大名、馬谷道播である。
馬谷道播こと、ドノバン・ウマーヤは大陸出身の冒険者で、秀長にスカウトされて家臣となった。
徳川家康と戦った小牧・長久手の戦いにおいて、騎馬部隊を率いて勇名をはせるや、秀長の重臣として存在感を示すようになる。
秀長が副将軍として幕政を取り仕切るようになると、道播は全国の道路整備を担うことになった。この時、自身が走りやすい道というものを道路整備の基準としたことで、必然的に道幅は広くなり、石畳やコンクリートによる舗装が積極的に行われることになる。また、河川などには渡河しやすいよう積極的に橋が架けられ、宿場町の整備も進められた。
無論、これらの整備案に対して異論がなかったわけではなく、幕臣からは攻めやすくするのではないかという懸念の声も出た。
それらの声に対し秀長は、「流通網を整備することによって商業を活性化させることの方が、国を豊かにするうえでは重要である。豊かになれば、それ自身が戦の抑止力になる」と説いて、懸念する声を退けた。これには、秀吉・秀長の兄弟が農民出身であったことで、武家にありがちな商いを下に見る感覚がなかった点が、大きく影響していたであろう。
このように道路環境が整えられたことに加え、幕府が馬の生産や馬車の製造を奨励したこともあって、瞬く間に馬車文化が倭国中に広がることになったのである。
ちなみに、道播はそれらの功績によって甲府城主に任じられ、独身のままその生涯を閉じた。それに関しては、大陸に想い人がいるからなどと様々な憶測がなされたが、本人は何も語らなかったので、その理由は定かではない。
秀長は馬谷家が一代で終わることを憂慮し、自身の親類である木下家から養子を迎え入れることを提案。道播はそれを受け入れ、養子に道春の名を与えて後継ぎとし、その血筋が今日まで続いている。
「俺、馬車乗るの初めてなんだよね」
子供のように目を輝かせる辰巳に対し、ユノウは仕返しの意味も込めて現実を告げた。
「そんなにいいもんじゃないですよ。正直に言って、乗り心地は良くないですから。ちょっとの距離だったら物珍しくていいかもしれないですけど、ずっと乗っていたら嫌になると思いますよ」
「ユノウは乗ったことあるの?」
「当り前じゃないですか。あたしは元々こっちの世界出身ですし、日本でも明治の頃は普通に馬車に乗ってましたからね」
それを聞いて、辰巳の顔が曇り始める。
「……ここから小田原って、馬車でどれくらいかかるんだ?」
地名など多少の差異はあるが、基本的に倭国の地理は日本のそれとほぼ同じである。
「うーん……道がどう繋がっているかわからないんでなんとも言えないですけど、距離がだいたい九〇キロくらいでしたからね。……そう考えると、ざっくりですけど、一五時間くらいはかかるんじゃないですか」
「は? それ、シンプルに移動時間がキツイじゃん。そのポーチの中に、移動を楽にする道具とか入ってないの?」
辰巳の抱いていた馬車へのワクワク感は、すっかり吹き飛んでしまった。
「入ってないですね。ただ、楽にする方法ならありますよ」
「あるの?」
「辰巳さんが車かなんかを切ればいいんですよ」
満天の星空の下、辰巳とユノウは、乗り物を試すために街外れの原っぱへと出かけていった。




