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直孝の提案

「お世継ぎ問題を終わらせるために、我々に協力してもらいたい」


「は?」


 予想だにしない展開に、仁もさすがに当惑した。


 そんな仁の姿を見て、辰巳は思わずつぶやく。


「いきなりあんなこと言われたら、そりゃ戸惑うよな」


 その言葉に、ユノウも同意を示す。


「あたしたちですら、すぐには理解できませんでしたからね。吉右衛門さんも、すごいことを考えますよ」


 仁を味方に引き入れることで、河越城内の混乱を一気に終結させる。それが吉右衛門の考えた策だった。


 これを提案した時、当然のように奈々や直道は反対し、直孝も難色を示した。辰巳とユノウも、どちらかといえば否定的な反応を示した。


 誰も賛同する者がいないという厳しい状況だったが、吉右衛門は全く動じない。河越の置かれている状況や今後起こり得そうなこと、そしてこの策を用いることでのメリットなどを懇々と説明し、さらに疑問点や懸念点といった答えにくい質問に対しても、一切誤魔化すことなく堂々と答えたことで、無事一同の同意を得ることに成功したのだ。


 ちなみに、短い間ではあるが、同じ屋根の下で生活して親睦を深めていたことも、同意を得るうえで有効に働いていた。


「協力……でございますか?」


 一〇秒ほどの沈黙を経て、仁はようやく話を直孝に投げ返した。


「そうだ。知ってのとおり、今北条家中では、お世継ぎ問題が燻っている。江戸と河越、どちらの子息が次の世継ぎの座を射止められるのか。……というのがこれまでの争いだったのだが、ここに来て、第三の候補が現れたのだ。それが、ここにいる夏殿だ。夏殿は氏元様のご落胤で、氏勝様の弟君になる」


「な、なんと! それは真でございますか」


 仁は大きく目を見開いて驚いた素振りを見せたが、直孝はその姿を見て諭すように語りかけた。


「仁仙殿、茶番はもうやめにしないか。貴殿がどういう人物で、どういう意図があってこの城へやって来たか、その辺りのことは京平殿からしかと聞いておる。それを承知のうえで、協力してもらいたいと言っておるのだ。無論、相応の見返りも用意する。どうだろう、協力してもらえないか」


 仁は即答せず、ゆっくりと辰巳たちの顔色をうかがった。


「真意がわからんな。罠のような気もするが、誠実が売りのご家老が、そういった策を講じるとは考えにくい。それに、あの直道の不服そうな顔。あいつは芝居ができるような器用な男じゃない。あの顔を見る限り、この申し出は本物かもしれないな」そう仁は判断したが、正直まだ迷いがあった。


「ご家老様のお考えはわかりました。ご返答いたします前に、二つ確認したいことがございます。協力と申されましたが、具体的にはどういったことをお求めでしょうか? それと、相応の見返りとはどのようなものでしょうか?」


「仁仙殿には証人として小田原へと赴いてもらい、事の次第を氏元様にお伝えしてもらう」


「なるほど、そういうことでございますか」


 要するに、氏吉の企てを暴露してこいということだ。


「協力への見返りは、仁仙殿が率いている忍びの一団、それを河越で召し抱えよう」


「ま、真でございますか」


 仁からすれば願ってもない話だったが、あまりにもうますぎる提案だけに、にわかには信じられなかった。


「今回の一件で、忍びに対する対応力のなさを痛感したのでな。早急にその対策をする必要があるのだ。腹立たしいことではあるが、京平殿自身の技量や話などから勘案して、一団がそれなりの実力を有していることは認めざるを得ない。それに、弱点を知っている者たちが対処した方が、効率も良いだろうから。あと関係はどうであれ、江戸様を裏切るかたちになるわけだから、相応の見返りがないと決断できんだろうしな。まぁ、事が事だけに、城内の反発は大きいだろうが、お世継ぎ問題を終わらせられたうえで、損失を補う以上の働きを見せられれば、その辺はなんとか抑え込めるだろう」


 説明を聞いた仁は、しばし考え込んだ。


 自分たち同様、直孝も厳しい状況に置かれている。ご落胤の情報が広まれば、世継ぎ問題が今以上に大きくなることは必至。そうなればいずれ幕府の耳に入り、何かしらの理由をつけて介入し、北条家の力を削ごうとしてくることは確実だ。


 それを避けるためにも早急に世継ぎ問題を終わらせる必要があるのだが、そのためにはまず、城内の問題を解決させなければならない。


 直孝の本心としては、京平の証言を基に処断してしまいたいのだろうが、それをすれば自分たちが逃亡を図ったり、江戸側が何かしらの妨害工作を行ったりして、解決までに時間がかかってしまう可能性が高い。


 今最も重要視すべきことは時間であり、即座に対処することが可能なのであれば、腹に据えかねることがあったとしても、懐柔策を選択する。


 だからこそ、すぐに決断できるように、忍者隊を召し抱えるなんていう、自分たちが飛びつきそうな破格の好条件を提示したのであろう。


 だとすれば、罠の可能性は低い。


 直孝の考えを推察した仁は、熟考の末、協力要請を受け入れることにした。


「わかりました。ご家老様のお言葉を信じ、ご協力させていただきます」


「そうか。では、善は急げだ。早速明日、娘たちとともに小田原へ赴いてもらおう」


「承知いたしました。氏吉様の件、偽りなく氏元様にお伝えさせていただきます」


 臣従の意を示すかのように、仁は深々と頭を下げた。


 こうして、やや変則的なかたちではあったものの、河越城内で生じていた混乱はひとまず収まったのであった。

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