仁 vs 大道寺親子
部屋では、直孝を中心に辰巳たちがずらりと座って、仁のことを待ち構えていた。
仁は端に座る京平の姿をチラリと見てから、ゆっくりと腰を下ろした。
「火急のお呼びとのことでしたが、何を占えばよろしいでしょうか」
呼ばれた理由が想像できていたせいか、しゃべり方がどこかわざとらしかった。
「生憎と占って欲しいことは何もない。単刀直入に聞こう、仁仙殿は江戸様の回し者か?」
直孝のド直球な質問に対し、仁は大声で笑いながら否定した。
「何を申されるかと思えば。確かにそういった噂があることは存じておりましたが、荒唐無稽なことゆえ、特に気にもとめませんでした。ご家老様は、そのような戯言をお信じになるのですか?」
「噂のすべてを信じているわけではないが、火のないところに煙は立たぬとも言うからな。仁仙殿に怪しいところがあるのは否定できぬし、占いによって混乱が生じているのも事実だからな」
「これは手厳しい。しかし戯言とはいえ、誤解を招くような行いをしたのは不徳のいたす限り、謹んでお詫び申し上げます」
仁は頭を下げ、早々に話の幕引きを図った。
「誤解か。では、あの者に見覚えはあるか?」
直孝が京平のことを指差すと、仁は首を横に振った。
「ございません」
「そうか。いや、実はな、あの者が『自分は仁仙殿の手下であり、占いどおりに事が運ぶように裏で動いていた。そして仁仙殿は、氏吉様から密命を受け、河越へとやって来た』と、申しておるのだ」
直孝は話しながら仁の様子をうかがっていたが、特に動揺したり、焦りを示すような仕草は見られなかった。
「それこそ戯言にございます。お答えしたように、私はあの者のことを存じ上げませぬ。ゆえに、今ご家老様が申し上げられたことは、全くのでたらめであると言わざるを得ません」
「でたらめだと申すが、そんなことを言って、あの者になんの益があるのだ?」
「金品を得ることができるやもしれません。自らの口でこのようなことを言うのもなんなのですが、草月院様が私に絶大なる信頼をお寄せになっていることを、苦々しく思っておられる方が城内にはいらっしゃいます。もしかするとあの者は、その誰かから金品を受け取り、私を陥れるために、ご家老様にでたらめを申し上げたのかもしれません」
そう言って、仁は直道に視線を向けた。
「貴様! 某がでっち上げたと申すか!」
直道は怒号を上げながら、感情の赴くままに立ち上がった。
「落ち着け直道」
直孝は直道の左腕をグッと掴むと、力強く引っ張って強引に座らせた。
それを見て、仁は挑発するような口調で言い放った。
「私は直道殿だとは一言も申しておりませぬ。それとも、何か心当たりがおありなのでしょうか?」
直道は噛みつかんばかりの顔つきでにらみつけたが、仁は平然と話を続けた。
「冗談ですよ。そうお怒りにならないでください」
ここまでは完全に仁のペースである。
だが、その辺のことは直孝も想定済みだ。
「両人ともその位にしておけ。仁仙殿、いたずらに愚息のことを煽らないでいただきたい」
「失礼をいたしました」
「話を戻そう。あの者は、名を京平と申すのだが、どのような経緯で儂のところへやって来たのか、その辺りのことを説明しておこう。ところで、仁仙殿はそこにいる者が誰か、存じておるかな?」
直孝が夏のことを指差すと、仁は首を横に振った。
「いいえ、存じ上げませぬが、どなたでございましょうか?」
「夏といってな、娘の友人なんだ。誰からも好かれる良い子なのだが、近ごろ何者かに狙われていてな、先刻も悪漢どもに襲われたそうなのだ。幸いにして怪我はなかったのだが、それは京平殿が身を挺して守ってくれたからだという。で、娘がお礼を含めて色々と話をしたところ、先ほどの話が出てきたというわけだ。娘の大切な友人を助けてくれた人の話ゆえ無下にはできず、こうして仁仙殿を呼んで確認することにしたのだ」
それは遠回しに「自分は既におおよその事情を把握しているし、京平の言ったことも事実だと思っている。だから否定しても無駄だぞ」と、脅しに近いことを言っているのではないか、そう仁は思った。
実際、重臣であり、公明正大なことで知られる直孝が事実認定したとなれば、異を唱えられる確率は低く、京平の証言が、仁たちが氏元の謀に関与している証拠として、認められることになる。
「もしかするとご家老は、俺に自白を促しているのかな。……確かに、状況的にはだいぶ追い詰められてる。けど、もう少しくらい悪あがきができるだろう」そう仁は心の中でつぶやくと、草月院に責任をなすりつける方向へ話を持っていくことにした。
「……それで、ご家老様は私をどうするおつもりでしょうか? 占いによって家中を混乱させた罪で、処断なさいますか? 私はただ、草月院様と、お家のことを思って占っただけにございます。その結果として、家中に混乱が生じたのであれば、申し訳ないことでございます。ですが、あくまでも私は助言等を行っただけであり、最終的なご判断は、すべて草月院様がなさいました。その辺りのことは、ご家老様であれば重々承知のことと思いますが、改めてその点をご考慮いただけますと、幸いにございます」
要するに責任は草月院にあって、自分にはない。もし自分が処断されるのであれば、当然草月院も処断されるはずであると、仁はやや芝居がかった口調で訴えたのだ。
まさに悪あがきのような主張であったが、直孝はそれを無視するかのように、予想外の答えを仁に提示した。




