表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/86

襲われた飯屋

「な、なんだあれ?」


 店に到着するや辰巳は驚いた。

 見知らぬ男たちが五人、軒先で縄に縛られていたのだ。


 さらに、店の中は壁が傷つき、椅子や棚といった備品が壊されているなど、明らかに暴れた形跡があった。

 ただ幸いなことに夏たちに怪我はないらしく、落ち着いた様子で店内の片づけを行っていた。


「ちょっとこれ……一体、何があったの?」


 奈々は心配そうな顔で夏に駆け寄った。


「あ、奈々姉さん。外に縛られている人がいたと思うんですけど、あの人たちが急に襲いかかってきたんです」


「襲いかかってきたって、怪我とかは大丈夫だったの?」


「ユノウさんのおかげで私たちは無事だったんですけど、お客さんが怪我しちゃって……。今、ユノウさんに手当てしてもらってるんです」


「そうだったの。みんなが無事だったのは良かったけど……。ちょっと、ユノウさんに話を聞いてくるね」


 店の隅では、ユノウが怪我をした男性の手当てをしつつ、熱心に話をしていた。


「ユノウさん」


「あ、奈々ちゃん、ちょうどいいところに。この人、仁仙の仲間だったんです」


「え、えぇ!?」


 奈々は驚きのあまり思わず声を上げた。


「な、なんだ?」


「え、何かあったの?」


 その声を聞いて、皆がユノウの周りに集まってきた。


「そのような大声を出して、一体何があったのだ?」


「ユノウさんが、この人が仁仙の仲間だって」


「何!?」


 吉右衛門は驚いた顔で、かっぱみたいな髪型をした、純朴そうな青年のことを見た。


「……ユノウ殿、どういうことか説明してもらえるかな」


「ええ。外にいる連中が襲ってきたっていうのは、聞いてますよね?」


「うむ。そやつら相手に、ユノウ殿が八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍をしたことも聞いておるよ」


「それなんですけど、さすがにあたしも、多数を相手に完ぺきに守り切るっていうのは難しいものがあって、一瞬の隙を突かれて夏さんに攻撃が向かっちゃったんですよ」


「なんと、それは聞いておらんな。しかし、夏殿は怪我をしていないようだが」


「それは、この人が身を(てい)して防いでくれたからですよ」


「え、そうだったんですか? ありがとうございます」


 夏は全く気づいていなかったようで、驚きながら男に礼を言った。


「で、そのまま姿をくらまそうとしてたから、優しく身柄を拘束して、こうやって手当てをしながら色々とお話を伺っていたわけですよ。そしたら、仁仙の仲間だってことがわかったんです」


「にわかには信じがたい話だが、お主、本当に仁仙の仲間なのか?」


 吉右衛門が鋭い眼光でにらみつけると、男は首を縦に振った。


「へい。おいらは、お頭に夏って奴を見張り、危なくなったら助けるようにと命じられて、ここへ来たんでさ」


 男は重要そうな事柄をいともあっさりと言い放った。


「それはどういうことだ。なぜ、仁仙が夏殿を?」


「なぜって言われても、おいらは、『氏吉様への切り札だから、しっかりと見張っておけ』とだけ言われたんでさ。それ以上のことは知らないでさ」


「切り札? 仁仙は真にそう申したのか?」


「それは間違いないでさ」


 男は自信を持って断言した。


「……切り札ということは、氏吉様にとって、夏殿はやっかいな存在だということなのだろうかな? ……となれば、狙ってくるのも理解はできる。まぁ、どうやっかいなのかはわからんがな。……ところで、お主色々としゃべりすぎではないか」


 男があまりにも包み隠さずに話すので、吉右衛門は思わず注意してしまった。


「実はおいら、これを機に忍びの仕事をやめることにしたんでさ」


「それはまた随分と急な話だな」


「元々、なんとなぁく流れで忍びの仕事をやっていたんだけど、色々と思うところもあってさぁ……。やめようと思ったことは何度となくあったんだけど、しがらみやら不安やらがあって、なかなか踏ん切りがつかなかったんでさ。……けど今さっき、ユノウの姐さんに色々と話を聞いてもらって、ようやく踏ん切りがついたってわけでさ」


「つまり、やめるから全部話しているというわけか」


「そうでさ」


 吉右衛門は少し渋い顔をした。

 どうやら、やめるからといって秘密を全部話してしまう男の考え方に、少し不快感を覚えているようだ。


「まぁ、理由はわかったが、お主とユノウ殿は会ったばかりであろう。よくそんな大事なことを相談する気になったな」


「おいらも話す気なんて全くなかったんだけど、姐さんの雰囲気というか話術というか、気がついたら全部しゃべってたんでさ」


「ほぉ、仲間の件といい、ユノウ殿は聞き出す力もお持ちなんですな」


「本当、すごいじゃんユノウ」


「昔取った杵柄(きねづか)ですよ。占い師をやってた頃、お悩み相談も色々とやりましたからね。相手がどんなことを悩んでいるのかとか、どうやったら話してくれるのかとか、色々と研究しましたから」


「なるほどねぇ」


 うなずく辰巳に対し、吉右衛門はいまいちピンと来ていないようだったが、そのまま話を進めることにした。


「……話を戻そう。単刀直入に聞くが、仁仙は氏吉様の手先なのか?」


「うーん、手先って言えば手先なのかな。江戸の意向で動いてるみたいなことを言ってたんで。ただ、素直に従ってるって感じではなさそうでさぁね」


「確かに、従順だったら切り札なんてものはいらないからな、何かしら思うところがあるのだろう。さて、他にも聞きたいことはあるが、ひとまずこのくらいにしておこうか。文殿、ちょっとよろしいかな?」


 吉右衛門は男への尋問を切り上げると、黙々と片付けを行っていた文を呼んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ