黒幕判明
河越へ戻ると、辰巳たちは捕らえた忍者を大道寺家に預け、夏の店へと向かった。
「おぉ、戻って来たか」
「おかえりなさい」
「おかえり」
店では吉右衛門、奈々、ユノウがお茶を飲んでいた。
「あ、みなさんいらっしゃい」
「ただいま」
夏は挨拶するとそのまま台所へ、辰巳はユノウの隣に座り、襲撃を受けたことを三人に報告した。
「今日も忍者たちに襲われたよ」
夏が初めて襲撃を受けてから今日で一〇日、襲撃の数はこれで五回目になる。
「やれやれ、簡単には諦めてくれんようだな」
吉右衛門はため息をついた。
「一応、襲ってきた奴の一人は捕まえましたから」
「そいつは何よりだ」
吉右衛門は労いの言葉をかけたが、反応はそれほど大きくない。
実は、これまでにも夏襲撃犯の身柄は拘束されており、尋問によって氏吉が関わっていることが判明していた。
長久が夏襲撃の黒幕だろうと考えていた辰巳たちにとって、氏吉の名は想定外であり、その名を聞いて驚くとともに、頭を抱えてしまった。
長久が相手であれば、河越城内のこととして、襲撃犯の証言だけでも処断することが可能であったが、氏吉相手ではそうはいかない。十分な証拠を得ることも重要だが、少しでも対応を間違えれば、河越と江戸との間で内紛が生じ、最悪の場合、大規模なお家騒動に発展する恐れがあった。
そうなれば幕府の介入を招き、北条家がなんらかの処罰を受けるのは確実である。
東国屈指の大大名である北条家は、秀吉に臣従して以降何かと目をつけられ、現在までに一〇〇万石近い領地を召し上げられていた。
ゆえに幕府の目を非常に気にしており、下手をすれば早急に事態を収めるべく、夏を氏吉に引き渡す可能性すらあった。
「そっちは何かわかりましたか?」
「残念ながら、新しい情報はない」
「そうですか」
「襲ってきた連中に尋問はしてるが、命令されたから襲った、以外の証言はほとんど出てきておらん。まぁ、実行犯なんてそんなものだろうがな」
「本当に何も聞かされてないんでしょうか。口を割っていないだけとか、そういうことは考えられないですか」
辰巳は少し疑念を抱いていた。
「尋問者の技量は確かなものであったし、その可能性はほぼないな。それに先ほども申したが、下っ端連中なんぞに、いちいち目的だとか細かい情報を教えたりはしない。こうやって捕まったりでもしたら、機密が漏れてしまう危険性があるからな」
「あー、なるほど」
「その意味では、首謀者の名前がわかっただけでも上々なのだが……。皮肉なことに、その名前がわかったがために、色々と行動が制限されてしまっているからな」
ただでさえ氏吉への疑念が高まっている最中、夏の一件が絡めば、不測の事態が生じるのではないか。辰巳たちはそれを憂慮し、情報拡散を避けるため、しばらく調査などの行動を控えることにしたのだ。
「仕方ないですよ、相手が相手ですから。けど、どうして江戸のお殿様が、夏さんを狙っているのでしょうかね?」
氏吉がなぜ夏のことを狙っているのか、その理由はいまだに判明していない。
吉右衛門が推察したように、襲撃した忍者たちにはそういったことは一切伝えられておらず、また夏自身はもちろん、文や咲にも心当たりはなく、手がかりすら掴めていなかった。
「うーむ、わからんと言ってしまえばそれまでだが、配下の忍者隊をこれだけ投入してくるということは、よほどの重大事であることは想像できる。例えば、何か秘密を知られてしまった、もしくは知られたと思い込んで、とかな」
「なるほど、その可能性ありそうですね」
「あくまで想像だがな。いずれにせよ、満足に情報収集ができん以上、今は護衛に徹し、相手を諦めさせるしか手段がない。不幸中の幸いは、夏殿があまり怖がっていないことだな」
吉右衛門が言ったように、これだけ襲撃を受けているのにも関わらず、夏はそれほど怖がってはいなかった。
その最大の要因は、ワミのエンターテイメント感溢れる護衛である。それによって、襲撃の恐怖感は極限まで抑え込まれ、夏の心理的負担はかなり軽減されていた。
「その意味では、辰巳殿の功績は大きい。こういう苦肉の策がとれるのも、辰巳殿の紙魔法があってのことだからな」
「いえ、それほどでもないですよ」
辰巳は思わず頬を緩ませる。
「では、夏殿の方はこのくらいにして、次は仁仙のことだ。こちらの方は、収穫があった。どうやら、草月院様に仕える女中の一人が、仁仙とつながっていて、草月院様が占いを信じるよう、上手く差配しているようなのだ」
「それって、グルになってる女中がいたってことですか?」
「グル……まぁ、そのような感じなのかな。詳しい説明は、ユノウ殿にお願いする」
吉右衛門はユノウに説明役を引き継いだ。




