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江戸怒る

 人の機嫌を良くする手紙があれば、悪くする手紙もあった。


「と、殿、一大事、一大事にございます」


 勝之助は慌てた様子で氏吉のところへやって来た。


「何事だ、爺よ」


「これをお読みください」


 勝之助が手紙を差し出すと、氏吉はそれを受け取って読み始めた。


「……爺、なんだこの手紙は?」


 氏吉が驚くのも無理はない。手紙には、名前や住んでいる場所、強力な護衛の存在といった、ご落胤に関する様々な情報が記載されていたのだ。


「先ほど、私がはばかりから部屋に戻りましたら、この手紙が書見台(しょけんだい)の上に置いてあったのです。すぐに周囲を調べましたが、誰が置いていったのかはわかっておりませぬ。真に申し訳ございませぬ」


 勝之助は額を畳に擦りつけんばかりに土下座をした。

 なぜなら手紙の件は、城内に何者かの進入を許し、しかも悠々と逃げ去られていることも意味していたからだ。


「チッ……で、ここに書かれていることは真なのか? こちらもそれなりに情報は手に入れているはずであろうから、真偽くらいは当然判断できるのであろうな」


 調査がうまくいっていないことは氏吉の耳にも当然入っており、氏吉の言葉にはそれに対する怒りも込められていた。


 勝之助は針のむしろのような心境で返答する。


「……し、真偽につきましては、正直なところ断言できかねます。しかしながら、文面から察しますに、相手もご落胤の存在を疎ましく思っており、また、直接私のところへ手紙を届けている点も勘案いたしますと、書かれている内容は真である公算が高いかと」


「なるほど。つまり、この手紙を書いた奴は、余にご落胤を排除させようとしているから、偽りの情報を書くわけがない。そう、爺は申すのだな」


 怒りの度合いを示すように、先ほどよりも口調が早くなっている。


「……はい」


 勝之助はずっと下を向いたままで、決して氏吉と視線を合わそうとはしない。


「不愉快極まりない!」


 氏吉は吐き捨てるように言い放った。


「で、では、この手紙は捨て置きますか?」


「それができぬから不愉快なのだ。爺、急ぎ真偽を確認し、ご落胤の始末をつけよ。それと、この不愉快な手紙を寄越したのは誰なのか、それもしかと調べて、ついでに始末しておけ」


「承知しました。では、これにて」


 勝之助は逃げるように去っていった。


 氏吉は一人になるや、手に持っていた扇子を勢いよく畳に投げつけた。


「クソがっ!」


 氏勝重病との情報を耳にし、策謀を巡らし始めてから、既に半年以上が経過。目論見どおりに河越の評判は下がり始めていた。


 順調に事が運んでいると思っていた矢先、仁からの書状によって状況は一変した。


 ご落胤が本物であれば、その人物が世継ぎ候補の筆頭になる公算が高い。そうなれば、自分の子を世継ぎに据えるという氏吉の企ては水泡に帰す。


 それを回避するには、存在が公になる前にご落胤を排除しなければならない。


 氏吉からすれば、存在を知る仁も処分したいところだが、下手に刺激をして、氏元や北条家中の有力者にそのことを告げられては堪らないので、慎重に動かざるを得なかった。


 そこへきて、新たにご落胤の存在を知る者が登場。しかもその者は、ご落胤を排除するために、自分たちを利用しようとしていた。


 このタイミングの良さに、もしかしたら、自分は誰かに踊らされているのではないか。そんな疑念が氏吉の心中に湧き上がってきたのだ。


 実際、今さら企てを中止にできない氏吉は、疑いつつも、手紙に書かれていた人物の排除を命じざるを得なかった。


 それは、プライドの高い氏吉にとって、受け入れがたいことであった。


「余は踊らせる側の人間だ。断じて踊らされる側の人間ではない!」


 氏吉はそばに置いてあった脇息を思いきり蹴った。


「あ、痛っ!」


 蹴り方が悪かったのか、勢いほど脇息は転がらず、その代わり小指に激痛が走った。


「こんのぉ!」


 氏吉は涙目のまま、脇息を壁へ向かって思いきり投げつけたが、苛立ちが収まることはなかった。

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