素人護衛
それから数日後、辰巳と夏は森の中にいた。
「夏さん、なんか視線とかを感じたら、すぐに言ってくださいね」
「はい。すいません、私が変なことを言ったせいで、辰巳さんについて来てもらうことになってしまって」
「気にしないでください。報酬が出てますし、護衛も手伝いのうちですから」
辰巳が言ったとおり、これは“飯屋の手伝い”という正規の依頼であり、依頼処が発行した依頼書もちゃんと存在している。
どうしてこういうことになったのか。
事の発端は二日前、奈々が飯屋に立ち寄った時、夏が「最近、なんだか誰かに見られているような感じがするんですよね」と、心配事を漏らしたことだった。
奈々は屋敷へ戻るや、すぐにこの事を辰巳たちに相談。さらに直道から、「そういえば、熊木様が飯屋の看板娘を狙っているらしいと、城内で噂になっていたな」という話を聞き、護衛をつけることを決めた。
当然、奈々は自分が護衛をすると主張したが、直道たちの企てにおいて、奈々は主戦力級の扱いであり、護衛に時間を割かれるのは望ましいことではなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが、紙魔法という、どんな事態にでも対処可能な力を持つ辰巳であった。
奈々から打診をされた辰巳は、「いやいやいやいやいや、護衛とか無理ですって。人の命を預かるとか、責任重すぎですよ。俺にはできません」と言って拒否。
困った奈々は、ユノウに説得を頼んだ。
ユノウは、「辰巳さん、あなたはすごい人なんです。あの紙を具現化する力と、卓越した紙切りの技巧があれば、大抵のことはなんとかできます。向こうとこっちで色々な人に出会ってきたあたしが言うんですから、間違いありません。だから、心配する必要はありません。それに、あたしもできる限りサポートしますから」など、言葉巧みに辰巳をその気にさせ、護衛を引き受けさせることに成功した。
さらに辰巳への配慮から、少しでも冒険者としての功績になるよう、依頼のかたちにすることを奈々に提案した。
その案はすんなりと受け入れられたが、依頼の形式をどうするかで少し議論になった。
ストレートに大道寺家が他家の娘の護衛依頼を出したり、ただの飯屋が護衛依頼を出したりするのは、変な噂が立つ危険性があるのではないかということで、最終的に飯屋がお手伝いを募集している体で、依頼を出すことに落ち着いたのだ。
「えっと、今日はこの辺で食材を探します。辰巳さんは、紅葉大根をお願いします。これ、大根の葉っぱです」
やや開けた場所に到着したところで、夏は足を止めた
依頼のメインは護衛であったが、頼まれれば当然手伝いはする。
「わかりました。……なるほど、確かに紅葉だ」
紅葉大根は自生している大根で、葉っぱが紅葉のような形をしていることから、その名で呼ばれている。栽培されている大根に比べると大きさは小ぶりで、皮は薄い緑色。煮崩れしやすいので、煮物よりも漬物向きである。
「どのくらい採ればいいですか?」
「そうですねぇ、できたら五……いえ、三本お願いします」
「了解です」
わかりやすい形をしているので、簡単に見つけられるんじゃないかと、辰巳は少し甘く考えていたが、植物が生い茂るなかで、地面を這うように生えている葉っぱを見つけるのは簡単なことではなかった。
さらに下を向いて探すので、腰には相応の負荷がかかることになる。
「あぁーっ、腰がきつい」
辰巳は何度となく腰を伸ばしながら、なんとか大根を三本集めた。
「ありがとうございます。辰巳さんのおかげで、いつもより早く食材が集まりました」
夏は食材でいっぱいになった籠を見ながら、満面の笑みを浮かべている。
「それはなによりです。じゃあ、戻りましょうか」
辰巳は少し息が乱れており、じんわりと汗もかいていた。
「はい」
籠を背負おうとした時、夏は不意に視線のようなものを感じ、周囲を見回した。
「どうしました?」
「いえ、なんか見られているような気がして……」
夏の言葉を聞いて、辰巳は一気に緊張した。
「ちょ、ちょっと待っててください。今、準備しますから」
辰巳は若干テンパりつつも、懐から紙とハサミを取り出し、急いで形を切り出した。
「出でよ、流鏑馬」
眼前に現れたのは以前も登場した騎馬武者。ただ鎧兜ではなく、流鏑馬の時に着る狩装束を身に着け、左手には弓を持っている。
ちなみに流鏑馬を切った理由は、パッと頭に浮かんだのが偶然それだったというだけで、特に深い考えがあったというわけではない。
「こたびは何用か?」
「あの、騎馬武者さんですよね」
「うむ。騎馬武者で呼ばれればその出で立ちで来るが、こたびは流鏑馬だったのでな。それと、名乗っていなかったが、拙者は海江田照之進と申す。で、どのような用向きか? よもや、またも呼んだだけということはないであろうな」
平然と去っていたが、やはり多少は思うところがあったようで、言い方に若干のトゲがあった。
「いえいえ、今回はちゃんと用件があります。今、あの娘の護衛をしているんですけど、なんか見られているような気がするらしいので、ちょっと護衛をお願いしたいんです」
護衛をしている人間が護衛をお願いするという、まるで護衛を下請けに出すような不思議なお願いに、照之進は一瞬戸惑いの表情を浮かべた。
「……まぁ、理由はともかく、貴公らを護衛すればよいのだな」
「はい、お願いします」
照之進は早速周囲を見回した。
「……ふむ、確かにこちらを見ている者がおるな、それも複数。しかも、敵意が出ているではないか」
「えっ、本当にいるんですか?」
「何を驚いている。いるから拙者を呼んだのであろう」
「あ、まぁ、そうなんですけど……」
辰巳は心の中で「気のせいであって欲しいなぁ」と願っていたので、照之進の言葉を聞いて、思わず本音が漏れ出てしまったのだ。
「さて、どうしたものかな。脅かして去ってくれるなら、さして問題はないのだが。襲いかかってきた場合、拙者だけで二人を守り切るのはいささか難しいな。貴公、他に呼び出すことはできるか?」
「できますよ。何を呼んだらいいですか?」
「それは貴公に任せるが、しいて言うなら、腕が立つ者かな」
「腕が立つ者……」
辰巳は数秒ほど考えると、手早く二枚の紙を切った。
「出でよ、腕が立つ魔法使い。出でよ、腕が立つ桃太郎」
現れたのは黒服にとんがり帽子、手に木の杖を持った魔法使いと、お供の犬を連れ、でかでかと「ももたろう」と書かれたのぼり旗を背中に差した桃太郎だ。
「ごきげんよう、私は魔法使いのワミ・パドゥール」
ワミは中性的な見た目と雰囲気を醸し出しており、かろうじて男だろうなということはわかるが、年齢は全くわからない。
「初めまして、桃太郎です。こっちは、お供の阿修羅です」
「ワン」
“腕が立つ”という言葉をつけたせいかはわからないが、桃太郎はまるでプロレスラーのような圧倒的な体格をしており、お供の犬である阿修羅もオオカミのような立派な体をしていた。
「どうも」
見るからにクセがすごい面々だが、同時になんともいえない頼もしさを感じられたので、辰巳はひとまず安心した。
「それで、どのような用件でお呼びになったのかしら」
ワミは、やや低くて深みのある美声で辰巳に尋ねた。
「ワミさんと桃太郎さんには、そこにいる海江田さんと一緒に、俺たちの護衛をお願いします」
「わかりました」
「護衛か、腕が鳴るな」
桃太郎は気合を入れるように、右の拳で左の手のひらを思いきり叩いた。一応腰には剣が差してあるが、使わずに己の肉体のみで戦いそうな勢いである。
「海江田さん、これで大丈夫ですか?」
「うむ。では、役者が揃ったところで、とりあえず警告をしてみるか」
照之進は弓を構えると、六〇メートルほど先にある木に向かって、矢を放った。




