辰巳、冒険者になる
「ふぅ、やっと解放された」
河越に到着した辰巳は、試験の達成報告を行うため、依頼処の近くで夏たちと別れた。
「いよいよ俺も冒険者かぁ……」
なんとも言えない胸の高鳴りを感じながら、辰巳は依頼処に入った。
「すいません。試験の達成報告をしたいんですけど」
「はい。では、お名前と依頼書、それと達成を証明するものをお願いします」
受付で応対したのは、印半纏を着た女性の職員だ。
「名前は辰巳です」
辰巳は依頼書と薬草の束を机の上に置いた。
「確認しますので、少々お待ちください」
女性職員は手早く確認を済ますと、近くにいた職員に手形の作成指示を出し、辰巳に向かって笑顔で合否を告げた。
「おめでとうございます、試験は無事合格です。今、冒険者手形を作成していますので、少々お待ちください。その間、依頼処の制度について簡単に説明させていただきます。まず依頼処というのは番付制で、一番下の幕下から、十両、前頭、小結、関脇、大関、横綱の順で上がっていきます。番付は一定数以上の依頼の達成や、試験への合格によって昇進が可能です。依頼は自分の番付のひとつ上まで受注可能で、下限はありません。依頼を達成できなかった場合、報酬額の三割を違約金として支払ってもらうことになります。また、達成できないことが多い場合、番付が下がることがありますので、受注する際は注意してください。……お待たせしました、こちらが冒険者手形です。頑張ってください」
職員は木製の冒険者手形を辰巳に手渡した。
“手形”という言葉が示すように、江戸時代の通行手形を彷彿とさせる五角形の形をしている。
「本当に冒険者になったんだな」
辰巳はまじまじと自分の名前が刻まれた冒険者手形を見ると、それを懐に忍ばせて依頼処を後にした。
一方店では、夏が料理を作り、奈々と咲が長椅子に腰かけて話をしていた。
「相変わらず、戦扇子の話となると止まらなくなるんだから」
夏から帰り道での様子を聞いていた咲は、奈々に苦言を呈していた。
「しょうがないでしょ、好きなものの話なんだから。咲もお芝居のことになったら熱くなるじゃん」
「なるけど、あんたみたいに際限なくしゃべり続けることはないよ」
二人は同じ学び舎で知り合った学友で、お互いになんでも言い合える親友であった。ちなみに同い年ではなく、奈々が二〇歳、咲が一八歳と、年齢は二つ離れている。
「えーうそうそっ、前に小田原へお芝居を見にいった時、帰りの馬車の中でずうっとしゃべってたじゃない」
「ちょぉっと記憶にないねぇ。……あ、辰巳さんおかえり」
「どうも」
辰巳は暖簾をくぐると、咲たちと向かい合うようなかたちで長椅子に座った。
「どうだった、試験は?」
そう聞かれた辰巳は、懐から冒険者手形を取り出して咲に見せつけた。
「おめでとう。お祝いにおいしいお茶用意してあげる」
咲は軽く拍手をすると、台所へ向かった。
「これで辰巳さんも冒険者の仲間入りですね。わからないことがあったら、なんでも聞いてください。こう見えて私、小結ですから」
奈々は社会勉強と武芸の鍛錬を兼ねて冒険者をやっており、いずれは見聞を広めるために、実家を離れて旅へ出てみたいという夢を抱いていた。
「あっ……はい、お願いします」
戦扇子の一件があったので、辰巳は少し警戒した。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。奈々が暴走するのは戦扇子の時だけだからさ」
咲は笑いながら辰巳にお茶を渡すと、奈々の隣に座った。
「ちょっと、暴走って言わないでよ」
奈々はムッとした顔で咲のことを見た。
「ごめんごめん。暴走じゃなくて、口うるさくべらべらとしゃべるだったね」
「余計言い方が悪くなってるじゃない」
二人の掛け合いを聞いて、辰巳は思わず吹き出した。
「お二人は本当に仲が良いんですね」
「親友だからね」
咲はなんのためらいもなく言い切った。
「……」
面と向かって言われたことがなかったのか、奈々は少し気恥ずかしそうにしている。
そこへ、文が料理を持ってやって来た。
「お待たせしました」
長椅子の上に置かれたのは、モクメザリガニのみそ焼きだ。
「あ、おいしそう。いただきまーす」
奈々は恥ずかしさを誤魔化すように、串に刺さった身を豪快にほおばる。
そんな奈々の様子を見て、咲はからかうような感じで辰巳に料理を勧めた。
「ほら、辰巳さんも食べて食べて。ぼんやりしてると、奈々に全部食われちゃうよ」
「いただきます」
奈々と同じように、辰巳もモクメザリガニの身にかぶりついた。
「あちっ……うん、うまい」
そんな風に食事を楽しみ、辰巳たちが用意された料理をほぼほぼ食べ終えた頃、ユノウと吉右衛門が店に戻って来た。




