大道寺奈々独演会
その道中、奈々の使う武器に話題が及んだ。
きっかけは、辰巳が奈々の腰に差してある扇子に興味を示したことだった。
「あの大道寺さん、それって扇子ですよね」
「ええ。ただこれは扇子は扇子でも、戦扇子です」
「戦扇子?」
寄席芸人という商売柄、扇子への馴染みが深く、それなりに知識を持っている辰巳ではあったが、戦扇子という名称は初耳だった。
「戦扇子というのは、武器はもちろん、防具にも使える優れものなんですけど、ご存じないですか?」
若干ではあるが、声からしょんぼりとした雰囲気が漏れ出ていた
「はい……」
なんとなく申し訳ない気持ちになった辰巳に対し、奈々は腰に差していた戦扇子をパッと抜き、使い方を披露し始めた。
「まず、こうやって閉じた状態で使えば鈍器の代わりになって、開けば盾代わりになるんです。ちょっと、ここ触ってみてください」
奈々は扇面の部分を指差した。ちなみに、扇子の大きさはおよそ三〇センチで、扇面には美しく咲き誇る桜の絵が描かれている。
「えっ、すごい硬い。これ、紙ですか?」
辰巳はその部分を手で触ってみたが、鋼のような硬さが感じられた。
「これは魔紙です」
「和紙?」
「いえ、“わし”じゃなくて“まし”です。その名のとおり、魔素を含んだ紙のことで、魔力の込め方によって状態が変わるんです。試しに、もう一度触ってみてください」
辰巳はもう一度扇面の部分を触ってみた。
「あれ? 全然硬くない。え、えっ、どういうこと?」
先ほどとは打って変わって、完全に紙の感触だった。
「さっきは硬くなるように力を込めていたんです。で、今度は力の込め方を変えて、こうやって切りかかれば、刃物の代わりにもなるんです」
奈々が開いたままの扇子で、そばに咲いていたユリをスッと切りつけると、茎の部分がスパッと切れて、白い花がポトリと落ちた。
「こういう風に色々と状態を変えることができるんですけど、その調整がすごく難しいんですよ。はい、これ夏にあげる」
奈々はユリの花を拾い上げると、それを夏に渡した。
「すごい武器ですね。見た見は普通の扇子とそんなに変わりがないのに」
サイズこそやや大きめに感じられるが、それ以外は一般的な扇子と比べて大きな違いはない。
「そう。見た目が普通なのが重要なんです!」
何かスイッチが入ったのか、奈々の言葉に熱が込み始める。
「戦扇子。その起源は、公家が防具として用いていた盾扇子です。公家の持ち物ですから、無骨な外見は嫌われ、他の扇子と同様の美しさや雅さが求められたのです。転機が訪れたのは、今から一〇〇年以上昔の戦乱の世、都が戦火に巻き込まれた時でした。この時、大勢の公家とともに、盾扇子を作っていた職人たちも地方へ移ることになったのです。その中にいた竹村光安という人が、東国武士の趣向に合わせて、盾扇子に武器性を付与したのが戦扇子の始まりとされています」
「へぇ~」
「光安によって生み出された戦扇子は、その弟子たちによって発展を遂げていきます。そして東国武士は、戦扇子を武器だけでなく、芸事の道具としても用い、誕生したのが戦舞踊です。戦舞踊は合戦の戦勝祈願や、兵の士気向上を主な目的として作られた舞踊で、一番の特徴は踊っている最中、演者に向かって矢や手裏剣が投げられ、それを演者が戦扇子を使って防いだり切り捨てたりするところです。戦舞踊は武士の嗜みとして、東国から全国へ広まっていき、それに合わせて戦扇子も全国へ広まっていったんです」
「はぁ」
辰巳は心の中で「なげぇな」と愚痴をこぼしつつ相槌を打った。
「武器として一定の地位を築いた戦扇子でしたが、戦乱の世の終わりとともに状況が一変しました。扱いが難しいうえに高価だった戦扇子は、冒険者から敬遠され、武器として活躍する機会を一気に失ってしまったのです。今は装飾品や、戦舞踊の道具として使われるのがほとんどで、冒険者の中には、戦扇子を踊り道具と言って卑下するものもいるくらいです」
実際に言われたのか、もしくは誰かが話しているのを聞いたのか、奈々の言葉には怒りがこもっていた。
「戦扇子は、誕生のいきさつを含めて、東国武士にゆかりある武器。それがこのような不遇な扱いを受けているのは、私には悔しくてたまらないんです。この気持ち、わかってもらえますか」
奈々は真剣な眼差しで辰巳に訴えた。
「は、はい」
圧倒された辰巳は、ただうなずくしかなかった。
「そもそも、良い武器というのは、素材や手間がかかっている分高いのは当たり前なんです。それに、扱いが難しいというのも……」
奈々が熱く語り始めるのを見て、夏は辰巳の耳元でささやいた。
「奈々姉様、戦扇子にすごい思い入れがあって、話し出すと止まらないんです。だから、話題にする時は気をつけてくださいね」
「そういうのはもっと早く言って欲しいなぁ……」と、辰巳は苦笑しながら心の中でつぶやいた。
そして夏の言葉どおり、奈々の話は河越の街に着くまで止まることはなかった。




