借金取り対策会議
「ふん、あんな汚ねぇ面、誰が覚えておくかいっ。夏、塩持ってきな」
咲は夏から塩を受け取ると、若干の怒りを込めて表に塩をまいた。
「もういいかな」
三人が店を出ていくのを見届けて、ユノウは三味線を弾くのをやめた。
「おや、これで終わりですか?」
曲が終わるのに合わせて、男も踊るのをやめた。その額には汗が浮かんでいる。
「うん。ご苦労様」
「では、あっしはこれで」
辰巳が労いの言葉をかけると、男は鉢巻きを取ってお辞儀をし、姿を消した。
「ありがとう辰巳さん、助かったよ」
咲は辰巳にお礼を言った。
「いえいえ、おとなしく帰ってくれて良かったですよ」
そこへ侍もやって来た。
「私からも礼を言わせていただく。貴殿のおかげで血を見ずに済んだ。いや、ああいう連中は虚勢を張っていることが多いのでな、『こちらもやるぞ』というのを見せつけてやれば、大概は引き下がるものなんだが……あの連中はしぶとかったな。本当に戦えば店に迷惑がかかるだろうし、正直なところ、難儀しておったのだ。申し遅れたが、私は羽田吉右衛門という者だ。元は幕臣であったが、今は隠居して冒険者をやっている」
「旅芸人の辰巳といいます」
辰巳は見た目の印象から、吉右衛門の年齢を三〇代後半から四〇代前半くらいではないかと想像していたが、“隠居”という言葉を聞き、「え、もしかして六〇とかなの?」と、少し驚いていた。
「冒険者のユノウです」
辰巳に続いてユノウも吉右衛門に自己紹介をした。
「随分と珍しい格好をしておられるが、大陸のご出身かな?」
「はい。大陸出身の妖精族です」
「やはりそうか。しかし、それにしてはなかなか見事な三味線であったが、あれは誰かに教わったものなのかな?」
「ええ。知り合いに倭国出身の三味線の師匠がいまして、その人に稽古をつけてもらったんです」
実際は日本にいた頃、三味線に舞踊、お茶に生け花と、一通りの芸事を身につけていたのだが、さすがにそれを正直に言うわけにはいかなかった。
「なるほど。それにしても、陽気な踊りで連中を追っ払うとは、さすが芸人だな。あれは、魔法の類なのかな?」
吉右衛門に尋ねられた辰巳は、少し緊張気味に答えた。
「あ、はい。紙魔法といって、切った紙を具現化するんです」
「紙魔法か、初めて聞くな。まだまだ、世の中には私の知らぬことがたくさんあるようだ」
そう言って吉右衛門は満足そうに笑うと、咲の方へ向き直した。
「……ところで、何やらいわくつきの借金があるようだが、事情を教えてはもらえないだろうか?」
「……確かに借金はあるんですが、無関係のお客さんにお話しするのは……」
咲は言いにくそうに目を伏せた。
「いや、もはや無関係ではない。あの連中に手を出した時点で、我らは立派な関係者だ」
吉右衛門から強烈な“話せよオーラ”が発せられていた。
「えぇっと……」
咲は困惑した表情を浮かべると、判断を仰ぐように文のことを見た。
「仕方ないねぇ……」
文は苦笑しながら辰巳たちのところへやって来た。
「では、お話させていただきます。元々は、懇意にしていただいていた、呉服屋の大旦那さんにお借りしたお金だったんです。とても親切な方で、返済期限や利子なんかを色々と融通してくれていたんです。それが、三月ほど前に大旦那さんが亡くなられまして、その時に借金の証文が質の悪い金貸しに売られたらしくて、急に利子が高くなったり、今みたいな人たちが借金の取り立てに来るようになったんです」
「なるほど、そういう事情であったか。で、今月の払いはいくらだ?」
「八〇朱です」
「八〇朱か……」
吉右衛門は懐から財布を取り出すと、中身を確認した。
「……すまんな、生憎と四〇朱しかない」
吉右衛門はお金を手渡そうとしたが、文は全力でそれを拒んだ。
「受け取れませんよ。お気持ちだけ、お気持ちだけで充分ですから」
「しかしな、連中は明日また来るかもしれんのだぞ。金の用意はできるのか?」
「……」
文は言葉に詰まる。
正直なところ家計は火の車で、支払える目処は全く立っていなかった。
「いいから受け取りなさい」
吉右衛門は強引にお金を手渡した。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる文。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「残りの金も、明日何か依頼をこなして用意しよう。小結以上なら、そのくらいの額はあるだろうから」
吉右衛門の心意気に、ユノウも何かをせずにはいられなかった。
「あの、羽田さん。あたし、オシロイツチノコの討伐依頼を受けたんですけど、良かったら一緒にやりませんか? 報酬は一匹二五朱です」
素性や実力がわからない人物を誘うことは、冒険者の常識としては考えられないことだったが、ここまでの言動を見て、ユノウは吉右衛門のことをそれなりに信用のできる実力者だと判断していた。
「やろう」
吉右衛門は迷うことなく承諾した。
ユノウ同様、吉右衛門も相手のことを信用できそうだと判断していたのだ。
「決まりですね。どうです、記念に一杯」
ユノウは徳利を差し出した。
「いただこう」
吉右衛門は自分の猪口に酒を注いでもらうと、それをグイっと飲み干した。
「どれ、私も」
吉右衛門はユノウの猪口に酒を注ごうとしたが、徳利からは何も出てこない。
「空か。女将、すまんが酒を頼む」
「はい。すぐにご用意します」
ユノウと吉右衛門、そして辰巳の三人は、酒を酌み交わしながら親睦を深めていった。




