初めての勝利を目撃した者たち
カールを倒した直後、その場は静まりかえっていた。
ホルンとしては、無理もないと思った。
第三王子であるカールと敵対してしまったということは、英雄の国ヒューランドを敵に回すに均しい。
これからのことを考えれば、その未来は絶望的だろう。
「ホルン様……なんてことを……」
「あ、あの……俺……」
ホルンは沈痛な面持ちで、謝罪をしてからすべての罪を被り、その場を去ろうと思った。
しかし――
「ホルン様! なんてことを……なんてすごいことをやってのけたのでしょうか!? ツノの種族――私たちを迫害していた人間をこんなにも見事に倒してしまうなんて!!」
「え?」
そのカナホの言葉は聞き間違いだったと思ったが、周囲の鬼たちも尊敬の眼差しを向けてきている。
「まさか、こんなに腕っ節のつえぇ奴がいるなんて……! おまけに心までつえぇ!」
「前々から、ああいう人間には腹が立っていたんだ。礼を言うぜ!」
「そのツノ格好良いな、どうなってるんだ?」
鬼たちから詰め寄られ、ホルンは今までにない扱いに慌てふためいてしまう。
村人だった頃には一度もない経験だ。
「ちょ、ちょっと!? あの!? そんなに喜ぶことじゃ!? 俺がカールを倒しちゃったら、ヒューランドと敵対することに――」
「ホルンさんが気にすることではありませんよ。ああ、失礼。私はカナホの父で、この村の村長をしています。重ね重ね、助けて頂き感謝します。ホルンさんはまさにツノの種族を救う者だ……」
村長は斬りつけられていたはずなのだが、普通に立って話しているので鬼の身体は想像以上に頑丈なのかもしれない。
「あ、カナホのお父さんですか。どうも……じゃなくて、これから大変なことになるかもなので、すべての罪は俺が被ってすぐ遠くへ行きます……!」
「ははは! 何を仰いますか! 元々、ヒューランドはツノの種族をゴミのように扱っていたではありませんか。現に、今でさえ悪さを働いていない鬼の村を虐殺しようとしていました。私たちにとって大変なこととは、あなたのような真の英雄が現れたことですよ」
ホルンとしてはまだ話が飲み込めなかった。
「し、真の英雄……?」
「いやぁ、その真の英雄ホルンさんが、娘のカナホを嫁に欲しいと仰るとは……光栄の極みです!」
「……は?」
さらに理解できない話が出てきた。
いったいいつ、ホルンがカナホに求婚をしたというのだろうか。
「えーっと……何かの誤解では?」
「いえいえ……。おっと、親の私が出ずっぱりなのも野暮なので、あとは若い二人にお任せします。その間に色々と片付けておくので!」
「片付け……あ~、騎士たちはなるべく丁重に弔ってあげてほしい。誰しも死ねば悲しむ者の一人もいるだろうから……」
「お優しい方だ。……心得ました」
ホルンは反対されなくてホッとしていると、なぜか赤面しているカナホが手を引っ張って人目のないところへ移動させようとしてきたのだった。
ホルンは異常に強いカナホの腕力に抗えず、ついに二人きりになってしまった。
何か嫌な予感しかしない。
「えーっと……カナホ……さん?」
「どうしたんですか、ホルン様。カナホとお呼びくださっていたのに?」
眩しいくらいの笑顔を向けられてしまう。
自信満々。まるでやましいことはどこにもない、自分の行動が世界で一番正義だと言わんばかりだ。
童貞ホルンとしては、繋いでいる手にドキドキしてしまうが――このまま流されてはまずいと思い、サッと離れてからきちんと質問しておくことにした。
「ええと、カナホ……説明してほしい」
「何をですか?」
「その、あの、なんだ……俺がカナホにいつの間にかプロポーズをしたことになっていることを……」
「ホルン様、ツノの種族で『相手のツノをくれ』というのは求婚の決まり文句なんですよ」
「相手のツノをくれ……? あっ!?」
たしかにホルンはそう言っていた。
スキル【ツノ】の条件を満たすために、カナホに対してツノをくれと言ったのだ。
「ちなみに求婚ではない場合、義兄弟のちぎりにも均しい言葉でもあります」
「じゃ、じゃあそっちの意味で受け取ってもらえれば……俺は意味を知らなかったわけだし……」
「いえいえ、そうはいきません! 私がそう受け取ってしまったのですから! 若い男女二人がこういうやり取りをしたら、それはもう、そういうことです!」
「そ、そういうことなのか……?」
「はい!」
嬉しそうなホルンを目の前に、これ以上頭ごなしに否定するのも気が引けてしまった。
これが童貞マインドだ。
しかし、同時に面倒臭さを持っているのも童貞だ。
「あ、あのさ……俺もこんなに綺麗なカナホに好意を持たれるのは嬉しいけど……」
「うふふ、綺麗だなんて……ありがとうございます!」
「だけど、その、なんというか……ええと……もっとこういうのは手順を踏んでから、お互いをもっと知ってから判断しないとダメな気がして……」
恋人を通り越して嫁を得る千載一遇のチャンス……のはずなのだが、どうしてもズルい気がして一歩踏み出すことができない。
自分の中の野郎部分が『バカヤロー!!』と叫んでいるのが聞こえる。
カナホからも幻滅されると思ったが――
「……とても誠実な方なんですね」
「えぇ?」
「私は姫という複雑な立場ですから、それなりに求婚をされたりはしてきました。どの殿方も性急に私を求めるばかり。だから、誠実なホルン様が眩しく、尊く思えます」
いや、それは求婚するくらいアグレッシブな肉食系男子たちは女慣れしている非童貞なだけじゃ――とも思ったが、そんなことは年端もいかない少女の前では口に出せない。
「わかりました! 誠実なホルン様に相応しい、誠実なお付き合いをしてから結婚を考えましょう!」
「うん……うん?」
結局、結婚するかどうかの二択になっている。
何かカナホの術中にハマっている気もした。