ホルンVS英雄の国第三王子カール
「この鹿のツノの力でギリギリ間に合ったな……!」
ホルンは野営をしていた場所から、見えた煙に向かって一直線に走り、カナホが斬られる直前でカールをツノで吹き飛ばす事に成功した。
道中、鹿のツノの効果で俊敏さが上がって森の中でも素早く鹿のように動くことができたのが幸いした。
このツノの力がなければ今頃カナホは死んでいただろう。
「うぐぐ……村人くん……。このボクに不敬を働いたね……! どうなるかわかっているだろうねぇ……? もうこの国の庇護下にはいられないよ! 第三王子を敵に回すとはそういうことだ!」
「無辜の民に剣を向ける奴は英雄の国の王子でも何でもない。ただの快楽殺人鬼だろう」
「そ、そんな呼び方をするな……! ボクの芸術的な感性がわからない凡俗が! カール騎士団、奴を殺せ!!」
その命令でカール騎士団が集まり、ガシャリと鎧を鳴らしながら隊列を組んだ。
ホルンとしてはすでに剣術を見切っていたため、躊躇せずにミスリルの剣で攻撃をしようとしたのだが――
「舐めるな、村人風情が! 騎士団とは連携をして十全になるものだ!」
「くっ!?」
連携の取れた動きで近寄ることができない。
これではその後ろに控えるカールまでが遠すぎる。
「伊達に訓練を続けてきた奴らではないということか……。その力を人のために使えばいいものを……!」
「人のためだぁ? ああ、使っているさ。英雄の種族である人間のために、裏切り者の種族であるツノの奴らを愉快に殺しているだけさぁ!」
「トップであるカールが快楽殺人鬼なら、その騎士団も同類か……!」
ゲラゲラと笑う騎士団は、鉄の壁となってホルンへと迫ってくる。
それと同時に村人狩りを中断した騎士団の一人が、ホルンの後ろからコッソリと近付いて斬りつけようとしてきていた。
鹿のツノの能力で聴覚が鋭くなっていたので、ホルンはそれを回避してから、ミスリルの剣で鎧の隙間を突き刺す。
「ぐはっ!?」
「無駄だ」
「なに!? 背後からでもダメなのか!?」
「こ、こいつ……後ろに目でもついているってのか……!?」
他にも周囲で隠れて機会を窺っていた騎士団数人が襲いかかってくるが、集団でなければ強みを活かせない。
ホルンは次々と倒していく。
(くっ、結局はバラけたのを処理しているだけで、カールと密集した騎士団を倒さなければ埒が明かない……! どうすれば……)
ホルンが焦り始めたその時、頭のツノに変化があった。
淡い輝きを放ち、二股の形としていたツノが大きくなり、三股の雄々しい鹿のツノへと変化したのだ。
「こ、これは……!?」
「ツノが大きくなった!? 村人、それはなんだ!?」
「さぁな。たぶん【レベルアップ】というやつかもしれん。力が湧いてきた……!」
レベルアップした鹿のツノから今までにない力が送られてくる。
「こ、こいつ速い!?」
俊敏さがさらに上がり、フェイントを含めた素早いステップで連携を取っていた騎士団を翻弄する。
目で追えるかギリギリの動きで、次々と騎士の鎧の隙間にミスリルの剣を突き刺していく。
「ぐぁッ!?」
「ギャァアァッ!?」
「ひぃぃぃ!?」
瞬く間に戦況は変化し、カール以外の騎士は地面へ横たわっていた。
「ぼ、ボクのカール騎士団が……全滅だと……!?」
「次はお前だ、快楽殺人鬼カール」
「く、ククク……はははは!!」
「何がおかしい?」
「村人くんに、このボクが倒せるはずはないさ! いいよ、斬りかかってきてみなよ!」
ホルンは『言われなくても』とばかりに、ミスリルの剣でカールを攻撃しようとした。
狙うは隙間がある関節部――と思ったのだが。
「なるほど……そういうことか……」
隙間に突き刺そうとするも、カキィンと弾かれてしまった。
「気が付いたかい? そう、他の量産品の鎧と違って、ボクのは体型に合わせた魔道具士作成の超高額完全特注品! 隙間なんてないんだよ! いやぁ、国民からの血税で守られていると考えると嬉しいねぇ!」
「本当に最低な奴だな……。俺が収めていた税がこんなことに使われていると考えると反吐が出る……」
しかし、その言葉の通り特注の鎧は鉄壁の出来だ。
かなり腕の良い魔道具士に作らせたらしく、関節部も刃が通らない。
(あとは強引に押し潰しながら斬るしかないが、さすがに鹿のツノではそんなパワーは出ない……。どうする……どこかに怪力無双のツノでもあれば……)
そこでホルンは思い出した。
今、どこにいるのかということだ。
そう、ここは鬼の村だ。
鬼というのは今でさえ平和な種族とされているが、本来は東の国を壊滅寸前まで追い込んで、ギリギリのところで和平を結んだという怪力無双の戦闘種族だったのだ。
(そうだ、鬼に認めてもらい、そのツノの力を使えるようになれば……!)
事態は急を要する。
とりあえず、特に他の意味もなく、一番近い位置にいた鬼――カナホへと一瞬で近付き、両肩を掴んで息がかかるくらいの距離で視線を合わせた。
「ほ、ホルン様!?」
「大事な話だ、真剣に聞いてほしい」
「は、はい!」
「俺のツノになってくれ」
「え、えええええええ!?」
ホルンの言葉に、なぜかカナホは頬を真っ赤に染めてしまう。
(俺はそんなに驚くようなことを言ったか……? 何か文化の違いか、もしくは言葉の意味が伝わっていないのか?)
「そ、そんな……でも……!?」
「俺はお前のツノがほしい。意味がわからないかもしれないが、俺を受け入れてくれ!」
「わ、わかりました……。他人である私を二度も助けてくださったホルン様の崇高なる魂は信頼と尊敬に値します……。そのホルン様がそこまで真剣に仰るのなら……私も心を決めます! ホルン様を受け入れます! このカナホ・シュテン・オーエはホルン様とけっこ――」
「お、ツノが反応した!」
ホルンは、カナホの言葉を最後まで聞かずに即カールへと向き直った。
「さぁ、カール! 覚悟しろ! カナホから認めてもらい、彼らの誇りであるツノを受け継いだ力だ!」
「な、何だその変化するツノは……!? 鹿のツノから鬼のツノになるなど、ありえない!? あえりえないだろう!?」
ホルンの額には鬼のツノが生えていた。
それは最強の鬼である〝朱点童子〟の血を最も濃く受け継いだカナホ姫に眠っていたものであり、原初の力をホルンへと与えてくれる。
全身に魔力が滾り、それを筋力へと変換してくれていた。
「す、隙有りぃ!」
まだ隠れていた騎士団の一人が斬りかかってきた。
「悪いが加減はできない……!」
ホルンはミスリルの剣を鬼の金棒のように構え、相手の剣ごと叩き切った。
騎士団の男は鎧に包まれた胴体ごと真っ二つになって地面にバシャッと散らばる。
「ひぃっ!? 村人くん……なんなんだその力は……。そんなのは人に向けていいものではない……暴力は反対だよ……」
「カール、お前がツノの種族を人として扱っていなかったのなら、俺もお前を人扱いしない」
「ひぃぃぃいいい!!」
逃げようとするカールだったが、鎧が重く視界も制限されているためか騎士団の死体に転んでしまった。
ホルンはゆっくりとそれに近づき、ミスリルの剣へ力を込める。
腕の筋肉が隆起し、その姿はまさに〝鬼〟だった。
「赤き鬼神よ、我にその剛力の加護を……! 〝朱点圧殺撃〟!」
力ある言葉によってツノの力を引き出され、赤き魔力を纏う剛力無双の一撃が放たれる。
「ぎゃあああああああああああああああああ!?」
カールの無様な断末魔が村に響き渡る。
その腕の良い魔道具士に作らせた頑強な鎧は、信じられないことに大きくへこんでひしゃげていた。
中の身体も無事ではないらしく、カールは動かなくなり、明らかに致死量の血液が地面に流れでていた。
「鬼による人退治、終了だ」