戦火に焼かれる村
「ねぇねぇ、聞いてお父様! 私を助けてくださったホルンさんはとても格好良くて、ツノも虹色で強そうで!」
「あはは……まいったな。今日一日、ずっとその話をするつもりかい」
ホルンに助けられた鬼姉妹の姉――カナホは、無事に村に辿り着いたあと、父親にそのときの話を興奮気味に何度も話していた。
この鬼の村は、人間たちがイメージしている印象とは違ってとても平和な村だ。
ツノの種族ということを自戒として、他者に顔向けできないことは一切していない。
人間たちも、さすがに無罪の相手を表だって迫害するわけにもいかず、これまでは特に大きな争いも起きていない。
「うーん、それにしても襲ってきたツノの種族は何者だったんだろう……」
「どこかの地を追われたツノの種族かもしれないね。さぁ、カナホ。そろそろ夕飯の準備をしようか。トラハもお腹を空かせているだろうし」
「はい、お父様!」
「うんうん。カナホが立派に育ってくれて嬉しいよ。天国のお母さんも誇りに思っているに違いない」
「も~、このくらい普通のことよ。お母様が見たら早く動きなさいって叱ってくるわよ」
感慨深そうな父を照れくさそうに見て、カナホは夕飯の準備を始めるのであった。
今日も明日も、ずっとこんな日が続けばいいと願いながら。
最初の異変に気付いたのは、村の出入り口付近の鬼だった。
森の方で何か音が聞こえたのだ。
動物が迷い込んできたのか? と思ったが、それは徐々に数を増していく。
「な、なんだ……?」
「ほう、ここが鬼の村か」
騎士団たちがやってきて、その中心に囲まれていたのはいつもの立派な鎧に追加で兜を装備したカールだった。
丸々と太った体型に合わせて作られた特注の鎧姿は、まるで隙間のないダルマストーブのようだ。
「そこの者、村長を呼べ」
「は、はい!」
人間の騎士といえば、大多数が貴族階級の者たちだ。
善良な暮らしをしてきた鬼たちは、つい素直に従ってしまう。
すぐに村長――カナホの父親がその場にやってきた。
「わ、私が村長です」
「単刀直入に聞く。この村にホルンという男はやってきているかい?」
「い、いえ。そのような者はおりません」
それを聞くとカールはすぐに興味を無くしたようだ。
「そうか~。まだアレを追いかけて誰も戻ってきてないから、ここらへんに逃げ隠れているかと思ったけど……ただ単にあいつらが長く楽しんでいるだけか……。あ、こっちの話だから気にしないで」
「は、はぁ……」
事情を知らない村長は相づちを打つしかない。
詮索などして、下手に刺激しても良いことはないからだ。
「うんうん。村長、ご苦労だったね。じゃあ……村人全員、ボクたちを持てなしてもらおうか」
「わ、わかりました! 急ごしらえではございますが、お食事とお酒の準備など……」
「ん? 何を言っているんだい? 村人の身体を使って持てなしてもらおうって話だよ」
「……え?」
カールは剣を抜くと、少しも躊躇せずに村長へ斬りかかった。
「ぐぅッ!?」
「カール騎士団のみんなも楽しみなよ。ああ、でもまだ殺さないようにね。最後は広場に全員集めて、互いの顔が見えるところで首を落としていこう。絶望する表情を見たいからね」
「お、お止めください……私たち鬼が何をしたというのですか!?」
「だって、キミたちはツノの種族じゃん。つまり裏切り者。英雄の種族の王子であるボクを楽しませるくらいは当然の義務でしょ? 命が散る様を見るのは最高のエンタメじゃないか」
「く、狂っている……」
それはまるでサーカスを楽しみに来た子どものように無邪気な口調だった。
そのカールに賛同するかのように、周囲の騎士たちも下卑たる表情で剣を抜いていく。
いつの間にか住居に火も付けられていた。
「お、こっちに可愛いのがいましたよ」
「や、やめてください!」
騎士の一人に連れてこられたのはカナホとトラハだった。
もがいても騎士の腕力には敵わない。
「カナホ! トラハ! ……ど、どうか娘たちは……いえ、村人たちは許してやってください。村長であるこの私の命だけで……どうか……」
「ふーん、村長の娘の鬼かぁ……もしかして噂の姫ってやつかな? いいね、いいねぇ~。ボクはね、美しい蝶が羽根をもがれているところが大好きなんだ。この二人の死に際がとても見たいよ!」
横の騎士が楽しそうに質問をしてくる。
「カール様、村の鬼たちは殺さなければ何をしてもいいんですよね? た、たとえば若くて綺麗な鬼娘たちとかは……」
「ボクはそういうの興味ないから自由にしていいよ。ただ最後にボクの目の前で殺してほしいだけだから」
「さっすがカール様! みんなそういうのを期待してカール騎士団に志願してますからね! 一生付いて行きますぜ~!」
「こ、この外道がぁ~!」
村長が騎士を振り払ってカールに殴りかかるも、その重厚な鎧はビクともしない。
「はい、不敬」
カールは手慣れた感じで村長を袈裟懸けに斬った。
「お父様!?」
地面に倒れて血を流す村長、震えて声もあげられないトラハ、駆け寄ろうとするも抑え付けられて動けないカナホ――戦火に照らされるそれらは無情だった。
虐殺の香りを漂わせる。
「うーん、この状況……最高のスパイスだね。それじゃあ、メインディッシュを頂くとしよう」
カールはガシャンガシャンと鎧を鳴らしながら、カナホに近付いて剣を向けた。
「た、助けて……」
「いいねぇ、その表情……敵であるボクに対して震えながら『助けて』と命乞いをするのなんてサイコーだよ……」
「助けて……助けて――ホルン様!」
「そうそう、何度でも命乞いを――ホルンだと!? ぐがッ!?」
その瞬間、大きな鹿のツノがカールを吹き飛ばしていた。
「待たせたな」




