鬼の姫を助ける
「ひぃぃぃぃ!! だ、誰か助けてぇぇええ!!」
「あ、あなたたち……! 大のオトナがよってたかって……恥ずかしくないんですか!!」
森の中、まだ小さな女の子と、成人少し手前の少女が騎士団に追いつめられていた。
「あぁん? オレたちは世界の裏切り者であるツノの種族をお掃除しようってだけだぜぇ……」
「おいおい、あんまり怖がらせるなよ。ほーら、怖くないでちゅよ~」
「ぎゃはは! そうやって安心させてから、いつも殺してるじゃねーか」
カール騎士団の男たちは、弱い相手をなぶり殺しにできるのに心躍らせ、これからどんな楽しいことが起きるのかと期待しているようだ。
「トラハ……あなただけでも逃げなさい」
「で、でもカナホお姉ちゃん!」
それはどうやら鬼の姉妹らしい。
東の国の装束を着ており、年齢は六歳と十六歳くらい。
どちらも顔立ちが整っている。
特徴的な二本のツノ以外は、人間とそう見分けが付かない。
それなのに、ツノがあるかないかだけで、人間はこうも残酷になれるのだ。
「お、逃げようってのか? それでもいいぜぇ……そっちの方が楽しめそうだしなぁ! 逃げてる弱っちぃ相手を殺すのサイコー!」
「……窮鼠、猫を噛むというのを知らないのか?」
「は?」
突然の声。
騎士団の男は、知らない声が聞こえて疑問に思った時点で――致命傷を食らっていた。
ミスリルの剣で鎧の隙間を刺されていたのだ。
「ぐはッ!?」
「な、なんなんだ!?」
「追いつめられたネズミは猫を噛むこともあるっていう意味で……」
「そんなことは知っている! 貴様は何者だということだ!!」
「今から殺す相手に名乗っても無意味だろう」
(……我ながら冷たい物言いだ。虹竜のツノの影響で俺の性格が変わってしまった? いや、俺の弱さというものがなくなっただけか……? 記憶を追体験して感じた、迫害者への怒りというのもあるか……)
ホルンが少しだけ悩ましげにブツブツ呟くと、騎士団の男たちは怒りを露わにした。
「わ、わけのわからないことを!! 仲間の仇は討たせてもらうぞ!!」
「馬鹿か。理不尽に殺そうとしてるんだから、理不尽に殺されもするだろ。そんなこと獣でも理解している」
激昂した騎士団の男たちはホルンを攻撃するも、斬撃は回避、もしくは弾かれてしまう。
まるで騎士団の剣術をすべて知り尽くしているかのような動きだ。
「なっ!?」
「連携を取るための画一的な攻撃というのも、俺相手だとデメリットだな」
ホルンは的確に、適切に鎧の隙間を狙って騎士団の男たちを殺していく。
多少、剣を打ち合ってもミスリル製の刀身は刃こぼれもせずに優秀だ。
これを渡してきた第一王子テオドールの意図は計りかねるが、その点だけは感謝している。
「お前で最後だ」
「ひ、ひぃぃぃ! お助けを!」
「そうやって命乞いをして逃げ出した相手を、お前は逃がしてやったことはあるのか?」
「そ、それは――」
「下衆が」
ホルンは躊躇せずにトドメを刺した。
カール騎士団相手なら良心の呵責などいっさいない。
ミスリルの剣に付いた血を振り払い、ふと視線に気が付く。
「あ、あの……私たち姉妹を救ってくれて……ありがとうございます。なんとお礼を言って良いのやら……」
鬼姉妹の姉の方が感謝の気持ちを告げてきた。
しかし、その目は怯えきっている。
「悪い、嫌なところを見せた」
ホルンはバツの悪そうな顔で謝罪をした。
さすがにいきなり血なまぐさいものを見せられては怯えてしまうのも当然で、すぐ適応してしまったホルンの方が異常なのだ。
その気遣いを察したのか、鬼姉妹の姉はワタワタと慌てながら否定をした。
「い、いえ! ちょっとビックリしただけで、そんなことは……! ね! トラハ!?」
「か、カナホお姉ちゃん……チビッちゃった……」
「うわわわ! 妹が申し訳ありません! 本当にこれは、その……!!」
どうやら悪い鬼ではなさそうだと思い、ホルンは笑みを見せる。
迫害者には非情な面を見せるようになったとはいえ、根っこの部分は善良な村人であったホルンそのままだ。
害意なき者に対しては優しくもなる。
「そ、そうだ! 私たちの村へ来ませんか!? ぜひ、お礼をしたくて!」
「村か……」
普通ならここでお世話になるのだろうが、ホルンとしてはカール騎士団と本格的に敵対している状態だ。
まだ偵察程度で済んでいる鬼の村へ、余計な敵を誘い込んでしまうかもしれない。
それにスキルについて試したいこともある。
「すまないが、まだやることがある。気が向いたらお邪魔させてもらうよ」
「そうですか……残念です。あ、私の名前はカナホ・シュテン・オーエと申します!」
ミドルネームがついているので高貴な位なのかもしれない。
礼節としてホルンも名乗っておくことにした。
「俺はホルン・マター。もし、カール騎士団に『誰がコイツらを殺したんだ?』と聞かれたら俺の名前を出せ。お前たちへの疑いが晴れるはずだ」
ホルンはそう冷たく告げると、その場を離れた。
必要以上に馴れ合ってしまっては、鬼姉妹へも疑いが向くかもしれないからだ。
背中からは鬼姉妹の感謝の言葉が飛んできていたが、どこか自分がやったという実感は薄かった。
当たり前の事をしただけだ。




