継承、最強の虹竜のツノ
「ひ、ひぃ……!?」
騎士たちに剣を突き付けられ、ホルンは情けない悲鳴をあげてしまう。
眼前にギラリと輝く刃物が並ぶその光景は、それほどに恐ろしいものだったのだ。
思わず死を覚悟してしまう。
そこへニヤニヤとしているカールが、副官らしき男から呼び止められた。
「カール殿下……あまり軽率な行動は……」
「ボクに口出しするってのかい?」
「……い、いえ。滅相もございません。ただ、目撃されて万が一のこともありますので、『村人Aが裏切って騎士団を殺そうとして失敗、それでも心優しいカール様がお逃がしになって、そのあとでツノの種族と仲間割れした村人Aの死体が転がっている』という筋書きにしてはいかがでしょうか?」
「ふーむ……。つまり、今は村人くんを逃がして、離れたところで別働隊に殺させるということか。うん、いいね。薄汚いツノの種族同士が仲間割れなんて、英雄国の民へ効果的なアピールになりそうだし」
カールがいったん止めろという手振りをすると、騎士たちの剣が一斉に引いた。
「村人くん、逃げていいよ。もしかしたら助かるかもしれないし……1%にも満たないけどねぇ! アッハハハハハ!」
「あ、あぁぁぁ……」
絶望的な状況の中、それでもホルンは生きたくて必死に足を動かした。
今できる行動は逃げるしかない。
どんなに情けなくても、無様でもだ。
(死にたくない! 俺はまだ人生の半分だって生きてないんだぞ!?)
もつれそうになる足で走り、無我夢中で前へ進む。
後ろからは、ツノの種族に化けた騎士団が数人くらいで付かず離れず追ってきている気配がする。
身体能力が違いすぎる。
訓練された騎士団相手に、普通の村人が敵うはずない。
今は遊ばれているだけで、本気を出されたら一瞬で追いつかれて殺されるだろう。
(ど、どこへ逃げればいいんだ……。いや、逃げる場所すらも誘導されている気がする。たしかこの先は――)
森が開けて、そこは小高い丘になっていた。
その一番高いところにあったのは巨大な竜の骨だ。
(世界の裏切り者――各種族が集まった魔王討伐軍のリーダーだったのに、最後の最後で裏切った〝虹竜イダウェド〟……その処刑場所。通称、ツノの種族の晒し場だ)
巨大な竜の骨――虹竜イダウェドの亡骸に視線が吸い寄せられる。
その巨大な虹色のツノが不思議と輝き、ホルンのツノと引き合っているようだ。
追われている今、そんなことをしている場合ではないのはわかっている。
しかし――
「呼ばれている……?」
虹竜イダウェドのツノに触れると、意思が流れ込んできた。
『待っていたぞ、ツノを持つ人間よ』
「こ、この声は……まさか……!?」
『我はイダウェド……。最弱として生まれ、ツノの種族最強となった虹竜イダウェドだ』
ホルンは頭がおかしくなったのかと自分を疑った。
「ウソだろ……虹竜イダウェドは世界の裏切り者として死んだはずだ……実際に亡骸が目の前に……」
『世界の裏切り者……か。本当の裏切り者である人間が英雄扱いされ、我が裏切り者扱いされるとは皮肉だな』
「えっ!?」
『どれ、記憶を見せてやろう』
イダウェドがそう言うと、ホルンの中に記憶が流れ込んできた。
魔王討伐軍のリーダーとして活躍するイダウェドと他種族の実力者たち――彼らは魔王城へ乗り込み、魔王を倒した。
魔王の兜の下からは人間の顔が見えた。
その場で様々な議論が巻き起こったのだが、人間種族全体へ責任はないということになった。
それで決着したと思われた。
しかし――野営を経て帰還しようとしたのだが、人間が裏切って各種族を毒殺したのだ。
「そ、そんな……伝わっている話では……魔王はツノの種族だったはずじゃ……」
『裏切った人間――今では英雄国の王となった彼奴が吹聴した嘘だ』
「そ、それじゃあ、虹竜イダウェドが裏切って他の種族たちと敵対したというのも……」
『誠に下らぬ虚構よ』
今まで信じていたもの、常識が足元からガラガラと崩れるような気がした。
「つまり……ツノの種族は悪くない……?」
『その通り』
「俺がこうやって追われて殺されそうになっているのも……そのくだらない英雄国の王の虚構で……」
『然り』
「本当は俺は何にも悪くない……?」
『肯定だ』
ホルンは震えを感じた。
それは今までの恐怖によるものではなく、理不尽への怒りだ。
「ば、バカバカしい……なんで俺がそんなことで殺されなきゃいけないんだ……!!」
「ほう、反骨心は持ち合わせているようだな。……いいだろう、選択肢をやる』
「せ、選択肢……?」
『このまま〝英雄の種族〟だった矜持を全うして死ぬか、それとも世界の裏切り者――ツノの種族として生きるか。さぁ、その手で運命を選択しろ……ツノを持つ人間よ』
「お、俺は……俺は……生きたいに……決まってるだろッ!! 俺はまだ二十六歳なんだぞ! 美味しい物だって食べたいし、楽しいことだってしたいし……。で、できれば恋人だって欲しい!」
『我は正直者は好きだぞ。ならば、この最強を秘めた虹竜のツノをやろう』
「えっ?」
イダウェドが楽しげに笑みを浮かべた気がした。
すると、ホルンのツノが熱くなり、揺らめく虹色のツノへと変化した。
『我のスキルは【レベルアップ】だ。最弱から最強になれ、ツノを持つ人間。そして、いつか我の願いを叶えて欲しい』
「……願い? 人間を滅ぼしでもしたいのか?」
『違う、ツノの種族の汚名をそそぐだけでいい』
「そ、それだけでいいのか……? お人よしなのか、お前は」
『今、同じ世界の住人で殺し合っても何も残らぬからな。ああ、それともう一つある。我が娘によろしく言っておいてくれ。虹の輝きは失われぬ……とな。では、さらばだ。虹を受け継ぐ者――ホルンよ』
イダウェドはそう言うと、フッとその意思が消滅したようだった。
残されたのは巨大な竜の亡骸と、揺らめく虹色のツノを持つホルンだけだ。
先ほどまでのことは幻覚ではない。
ツノに確かな力を感じる。