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ホルンがいなくなった人間の村の最後

「ホルンというツノの種族になった男を釣れそうな餌を持ってきたぞ! 隊長はいるか?」


 大急ぎでやってきた行商の男――それは英雄の国の兵士が化けたものだった。

 本来はカール第三王子が何かをやらかすとわかっていたので、その後始末をするために先行していた一人だ。

 ところが鬼の村は健在で、カール騎士団の姿もなかった。


 不審に思ったが、手ぶらで帰るというのもバツが悪い。

 そこでホルンの人相書きは見ていたので、その彼と親しくしていたトラハを誘拐して餌にしようと考えたのだ。

 大急ぎで自分の隊が駐在している、元はホルンがいた人間の村までやってきたのだが――


「隊長はサボって……いや、おやすみになっている」

「またいつものか……」


 英雄の国の暗部ともいえる、第十一特殊作戦騎士隊――通称〝ツノ狩り〟。

 これは隊長の魔術騎士サンドマン・ブラウンシュヴァイク、三人の従騎士、十人程度の兵士から構成されている。

 その隊長サンドマンは優秀だが、サボり癖があることで有名だ。

 兵士は溜め息を吐いてしまう。

 そこへ村の村長が水を持ってきてくれた。


「お疲れでしょう、騎士様。ささ、どうぞどうぞ」

「ああ、感謝する」


 本当は騎士――つまり貴族でもないのだが、こんな村人に説明するのも面倒臭い。

 それに何か村人たちはへりくだりすぎて気持ち悪くも思える。

 ツノの種族と同じとまではいえないが、あまり距離感を縮めたくない。


「さて、この鬼の娘をどうするか……」


 兵士が馬車から引っ張り出してきたのは、縄と猿ぐつわで拘束されたトラハだった。

 もう一人の兵士はそれをゲンナリとした表情で見ている。


「たしか……鬼って人間とそんなに外見年齢が変わらなかったよな……。だとすると俺の六歳の娘と同じくらいか……」

「おいおい、コイツはツノの種族だぜ? 仕事のためには割り切れよ」

「そうだな……。結婚したばかりで金もいるしな……」


 ツノの種族は悪という感情と、子どもは守るべき存在という二つの常識が葛藤を生み出す。

 そして、最後の判断材料は金だ。

 金に綺麗も汚いもない。

 なければ家族が飢えて死ぬだけだ。


「この鬼の娘を人質にして痛めつけて、ホルンとかいう奴をおびき寄せる作戦を隊長に立案するつもりだ」


 それを聞いたトラハは、喋ることもできない状態だがビクッとなった。

 眼に大きな涙を浮かべ、血の気が引いた表情になっている。

 自分がこの先どうなるか理解してしまったのだ。

 以前だったら痛めつけられるのを恐れて震えていたが、今は恩人であるホルンの迷惑になることが心の底から嫌だ。


「はぁ……こういうのを見ると、やっぱり女と子どもは相手にしたくねぇな……」

「いやいや、女でも噂の裏切り者イダウェドの娘――氷竜アイスソードとかなら遠慮はいらねぇだろう」

「そうだな、アイツなら気兼ねなく――……っておいおい、噂をすれば何とやらだぜ……」


 兵士は肌寒さを感じて、何か変だと思って周囲を見回してみた。

 すると、そこには氷竜アイスソードが殺気だった視線を向けてきていたのだ。


「お主たち……その鬼の娘を今すぐ放せば許してやろう……しかし、そうでなければ……理解できるな?」

「や、やべぇ!! 思った以上の大物が釣れちまった!! 大急ぎで隊長と従騎士を呼んでこい! ヒマしてる奴らは集まれ!! いや、ヒマしてなくても集まれ!!」


 緩んでいた空気が、突如張り詰めた。

 兵士たちの目の前にいるのは人間ではなく――竜なのだ。


「ひぃぃぃぃ!?」


 兵士たちが集まってきたのだが、氷柱が飛んできたり、氷の爪が斬り裂いてきたりと戦力の差は歴然だ。

 幸い、兵士の方には死者が出ていないのだが、それはまるで猫じゃらしで遊ぶライオンのようだ。一方的すぎる戦い。


「大丈夫か、鬼の娘よ。もう安心じゃ……」


 氷竜アイスソードは、人間に向けるような冷たい目と違い、温かい母のような眼差しをトラハに向けていた。

 トラハは安心した表情でコクコクと頷く。


「それじゃあ、鬼の村まで送ってやるとする――」

「あーらら、どうしちゃったんですかねぇ。これ」

「……何やつ!?」


 人間側の敗戦ムード漂う中で、暢気な男の声がした。

 この状況でそんな立ち振る舞いをできるということは、よっぽどの馬鹿か、実力者ということだろう。


「剣呑剣呑……、これは竜のお嬢様じゃないですか。自分は第十一特殊作戦騎士隊、魔術騎士サンドマン・ブラウンシュヴァイクと申します。一応、隊長って肩書きですが、ただのしがない下級貴族ですよ。というわけで本日はお日柄も良く――」

「……話が長いのじゃッ!!」


 氷竜アイスソードは、サンドマンに向けて氷柱を飛ばした。


「あらぁ、お喋りは好きじゃないんですかねぇ」


 サンドマンは剣で円を描き、簡易魔法陣を空中に完成させた。

 何もない空間に炎の壁ができあがり、氷柱を消滅させた。


「たぶんそれも竜の魔術ですよね? それならいくら威力があっても、適切な魔術を当てれば打ち消せるし、魔力の消耗も激しいでしょう」

「くっ!」


 サンドマンの言葉の通りで、氷竜アイスソードはかなり消耗していた。

 この場で氷柱を使ったのもあるのだが、以前からまともに休息も取れていない状態だったのでその負担が今になってジワジワとしみ出してきたのだ。


「まぁ、投降してみてはどうです? 自分、このまま戦って差し違えられるのも嫌ですし」

「だ、誰が人間に投降なぞするか……!! 妾は父の汚名をそそぐために……まだ歩みを止めるわけにはいかないのだ。それがたった一人だけだとしても……」

「汚名ねぇ……。正直なところ、金以外にはそんなに興味がないからいいんだけど、どう考えてもキミの父親であるイダウェドのしたことはダメでしょ。裏切ったんだし」

「そ、それは……きっと何か理由があって……」

「そんなんじゃ誰も納得しないでしょ。感情だけじゃ誰も動かない、世の中金ですよ」

「金、金、金と汚い人間め!!」

「竜みたいに個が強けりゃ苦労しないんですけどねぇ、弱い人間は頭を下げながら泥水を啜ってそんなことをやっても金を稼がなきゃいきていけないんですわ。ああ、それと汚い人間というのは大正解。今までの無駄な会話は時間稼ぎだったから」

「!?」


 いつの間にか氷竜アイスソードの背後では、サンドマンの部下である従騎士三人がいて魔術を唱え終わっていた。

 火球に吹き飛ばされ、氷竜アイスソードはサンドマンの前に倒れ込んだ。


「はーい、拘束っと」


 氷竜アイスソードの細い首に嵌められる首輪。


「な、何をした!?」

「数日間、魔力を抑えるだけの道具だよ。ずっと効果が発揮しないから、主な使い道は処刑までの期間だけの粗悪品さ」


 サンドマンは飄々とした口調で答える。

 そこは時間稼ぎの演技でも何でもなく、素の性格なのだろう。


「この手持ちのコマだと~……そうだなぁ。氷竜アイスソードの方の処刑の方が優先度が高い。それっぽい感じだとツノの種族の晒し場でやっちゃうのがよさそうだ。親子共々……みたいな感じでみんな勝手に盛り上がってくれるでしょ」

「この外道めが……!」

「金がもらえるなら何でもするだけだって」


 サンドマンはアクビを一つした。

 他者の生死などにあまり興味がないようだ。

 そこへトラハを連れてきた兵士が口を挟んでくる。


「オレが連れて来た、この鬼の娘はどうします? ホルンという男を釣るために使えると思ったのですが……」

「うーん、二兎を追う者は一兎も得ず。両者へ割けるリソースを考えると、片方に集中した方がいいね。そっちは適当なカバーストーリーを用意して早めに処分しちゃおう」

「と言うと……?」

「この村の全員を皆殺しにするって感じかな。あ、今どうしてだろう? って顔をしたね。元々、この村は優先度も低くて潰しても平気だし、カール第三王子がツノの種族退治を成功したときの宣伝に役立ってもらおうと考えていたくらいだしね。現状だと、カール第三王子が行方不明で失敗しちゃってるっぽいし、逆に不利な証言をされる前にサクッと切っちゃった方が良さげ。鬼がやったことにしてさ」

「な、なるほど……」


 そのあまりの思い切りのよさに呆然とする兵士であったが、サンドマンの判断はあとからいつも評価されるので、これも正しいのだろうと納得した。


「お金稼ぎはつらいねぇ~。それじゃあ、自分と従騎士たちはツノの種族の晒し場で処刑をして、残りの兵士たちは村人を始末したあとに合流でお願いね」

「りょ、了解しました! サンドマン隊長!」


 サンドマンは氷竜アイスソードを連行しようとしたのだが、その前に人間の村長が立ちはだかった。


「そ、それはどういうことですか!? 騎士様!?」

「ありゃ、聞かれちゃってたか」

「騎士様たちは貴族でしょう!? 国民を守るための御方なのですよね!?」

「国民たって、色々あるでしょ。尊い王族様とかさ~、王都でマジメに働く方々とか。……んで、こんな小さな村の人間は国民と呼べるのかな?」

「この英雄の国に住んでいれば誰しも平等に――」

「んなこと言ったら、ツノの種族も住んでるから、あれらも平等でしょ。それにツノが生えたってだけで、隣人だったホルンって人を追放しようとしたあんた方が何かを言えた義理かね?」

「そ、それは……」


 村長の横にいた体格の良い村人が、『もう話はいい』とばかりに斧を持ちだしてきた。


「あらら、やるっての? 貴族ってのはあんた方と違って、良い物食って、良い生活して、良い教育受けて、金のかかる訓練や魔術の授業もやってるわけよ」

「うおおおお!!」


 体格の良い村人は話も聞かず、斧でサンドマンの頭をかち割ろうとした。


「勝てるわけないでしょ、村人のあんた方がさ」


 サンドマンは華麗に回避し、相手の心臓を剣で一突きにした。

 僅かながら飛び散った血液がサンドマンの手の甲にかかってしまう。


「うえ~……。自分、潔癖症気味なんだからやめてほしいなぁ……。もう血がかかるのは嫌だから、あとは兵士のみんなで頑張ってね~。あとで一杯奢って埋め合わせはするからさ」


 そう言うとサンドマンと従騎士たちは、氷竜アイスソードを拘束して森の奥へと進んでいった。


「な、なぜワシの村がこんな目に……!! それもこれもホルンが不吉なスキルを――グゲェッ!?」

「そうやって人のせいばかりにしてるからだろ、老害が」


 兵士は早速、村長から処理を始めたのであった。

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