ゴブリンか!?
ツノ探しも収穫があったので、ホルンとカナホは木材置き場へと向かうことにした。
モンスターの縄張りになったままの可能性が高いので警戒しながら、静かに移動する。
「あそこか……」
森の切れ目があり、質素だがかなりの量の木材が蓄えられている建物が見えてきた。
あれが鬼たちの木材置き場だろう。
「木材は無事そうですね! さっそく――」
「しっ、静かに……」
ホルンの聴覚が何かを感じ取った。
一見すると表からは何も見えないが、その建物の奥に何かが大量に潜んでいる。
目をこらすと暗がりに緑色の肌をした小人が見えた。
「……ゴブリンか!?」
「ゴブリンって、あの有名モンスターのゴブリンですか?」
「たぶん……一匹なら問題なさそうだけど、割と数がいるっぽいな……」
普通の人間基準で考えれば、一対一なら武器さえ持っていればそんなには怖くない相手だ。
しかし、それが二匹、三匹と増えれば人間一人ではダメージをくらい、いつしか動けなくなったところをタコ殴りにされてしまうだろう。
数の暴力というのは恐ろしいものだ。
「カナホはここに隠れていてくれ。俺が倒してくる」
「わ、わかりました! ご武運を! ゴブリン相手に運を、的な意味で!」
「……なんて?」
「ゴブ運を!」
どうやらカナホと父である村長は変なところが似てしまったようだ。
ドヤ顔のカナホを放置して、ホルンは真っ正面からゴブリンが潜む木材置き場の前へと躍り出ていった。
「最初は鬼のツノでいってみるか」
複数の目がある中で、ホルンからの奇襲は難しい。
現状は取れる手段が他にないので、真っ向勝負を仕掛けることにしたのだ。
知能が低いゴブリンもホルンを見つけると、同じように真っ正面から向かってきた。
「まぁ、そうくるよな。そもそもゴブリンの繁殖力で頭までよかったら、もっと勢力を伸ばしているからな」
最初にやってきた一匹のゴブリンを観察する。
頭部にはツノはないので倒してもスキルの糧にはならない。
持っている武器は木の棒だ。
木材置き場のものを使ったのかもしれない。
他は装備もなく、特筆すべきことのない緑色の小人である。
『グギャギャッ!』
ゴブリンは耳障りな鳴き声を発しながら、木の棒で殴りかかってきた。
「ッセイ!!」
ホルンはその木の棒ごと、ミスリルの剣でゴブリンを叩き切った。
「……正直言って弱いな」
といっても、それは一体の話である。
二体、三体とどんどん群がってくる。
ホルンは同じように倒すも、数の暴力でボコスカと結構殴られている。
さすがにスキル未使用時よりは防御力が上がっているので「いだだだだだ!?」で済んでいるが、普通にあとでアザになりそうだ。
たまったものではないので、鬼のツノを、カブトムシのツノへと変化させた。
『ギャギャッ!?』
ゴブリンたちは一瞬だけ怯んだが、それでも闘争本能からか殴りつけてきた。
しかし、ホルンは不思議と痛みを感じない。
「うん、カブトムシのツノの防御力で弾いているな」
ホルンの肌が硬化しているわけではなく、その表面を魔力が覆ってガードしているような形だ。
そのために全身がスムーズに動きつつ、かなりの攻撃に耐えられる。
一方、攻撃力も――
「てぇい!!」
鬼のツノのパワーほどではないが、充分なほどに威力が出ている。
『ギャーッ!?』
つまり、ゴブリンの攻撃でダメージは受けず、こちらが一方的に攻撃できる形となっている。
圧倒的である。
ゴブリンからしたら無敵の相手が攻めてきたのと一緒だったらしく、勝ち目がないとわかって逃げて行ってしまった。
「ホルンさん、逃がしてしまっていいんですか?」
安全になり、草むらから出てきたカナホが問い掛けてきた。
「ああ、ここまで圧倒的な力の差を見せたら取り返しにこようとは思わないだろう。こういうのは相手が怖いと思わせるのが一番なんだ」
鬼のツノのままで戦っていたら、多少は攻撃が通るためにワンチャンあると勘違いさせてしまっていただろう。
圧倒的というのを知らしめるためにカブトムシのツノは非常に役に立った。
「さすがホルンさんです! そこまで考えて!」
「いや、かなり手探りでやってたし、そもそもこれは害獣駆除の考えに近い物だから……もっと強いモンスター相手だったら――」
「謙虚なところもまたステキです! 私の未来の旦那様、すごいです!」
なんでも褒めてくるところに、ホルンは陰キャ特有の感性で恐怖を感じたので逃げるように木材置き場のチェックをすることにした。
それと同時に、力あるツノを使って疲れたので、素のツノの状態に戻しておいた。
「素人目に見て大きく荒らされているところはないな。端材を武器として使われていたくらいか?」
そこまで凝った作りではないためにすぐに見回りは終わりそうだと思った――そのとき。
積み上げられた木材の上にまだゴブリンが一匹いるのを見つけてしまった。
そのゴブリンが飛び降りようとしていた先にはカナホがいた。
「危ない!!」
ホルンはとっさにカナホをかばった。
頭部に大きな衝撃を感じて、意識を朦朧とさせながら倒れてしまう。
「か、カナホ……逃げ……」
今さら、ツノをとっさに変化させておかなかったことを悔やんでしまう。
こういうところがまだ戦闘慣れしていない、ただの村人の部分なのだろう。
『ギャギャギャ……!』
ゴブリンは、カナホを前に舌なめずりしながら汚い笑みを見せていた。
これからどんなことになってしまうのか……ホルンは最悪の事態を想定してしまう。
「か、カナホ……」
「うちの旦那様に何しとるんじゃー!!」
突然、カナホが鬼の形相で咆えて、ゴブリンの頭部を鷲掴みした。
『ギャギャ? ……グギャーッ!?』
ゴブリンの頭部がグシャッとザクロのように砕けた。
「……カナホ…………さん?」
「だ、大丈夫ですか!? ホルンさん!?」
ポイッとゴミのように投げ捨てられるゴブリンの身体。
「あ、うん」
ただ意識が朦朧としていただけで、頭をさすってみると出血もなく、こぶもなかった。
もしかしたら、ツノを複数集めたことによって基礎能力も上がっているのかもしれない。
「えーっと、カナホさんの方は大丈夫……ですか?」
「はい! ホルンさんが助けてくれたので!」
「……いや、そうじゃなくてですね……すっごい豹変していたというか……」
「あ、それはですね! ホルンさんにプロポーズされてから力が有り余っていて、ついゴブリンの頭を握り潰しちゃいました!」
プロポーズはしていないとツッコミたかったが、そのタイミングということは――
「もしかして、ツノをもらったら、お返しに相手を強化するような力もあるのだろうか……?」
「それはすごいですね! さすがホルンさんです!」
カナホはホルンに抱きついてこようとしたが、手の平に脳漿がベッタリとくっついていることに気が付いて笑顔のまま懐紙で拭っていた。
ホルンはそれを見て恐怖しかない。
今までのカナホに対する気持ちは杞憂ではなく、下手に失望されると〝アレ〟が未来のホルンの姿になるのだろう。
「い、いや~……カナホさんもなかなかのものだと思いますです、はい……」
「そういえばホルンさん、どうして急に敬語に?」




