竜の恐ろしさ
「こ、殺すって……!? まて、誤解だ!」
「今さら怖じ気づいたか! 問答無用じゃ!!」
氷竜アイスソードは、冷気を圧縮して氷柱をいくつも作り出してきた。
その先端は槍のように尖っていて、武器としては充分すぎるだろう。
「串刺しとなれ!!」
「やべぇ!!」
何本も時間差でビュンビュンと飛んでくる氷柱を目の前にして、ホルンはこれまでに戦ったことのない恐ろしさを感じてしまう。
たしかに騎士団は強かったし、カールの防御力も桁違いだった。
しかし、それはまだ人間の範疇だったのだ。
これは竜だ。
戦闘力は最上位で、さらに研鑽を積むと神に届くとまで言われている種族だ。
それをちょっと前まで、ただの村人だったホルンが相手をするのは――
「ムチャクチャすぎだろう!?」
眼前に迫る氷柱。
身体にチッとかすらせながらも、何とか鹿のツノの素早さで回避した。
後ろの木に突き刺さると、それはクサビのようになって木をへし折っていた。
「とんでもない威力だ……こんなのをまともに食らったら……」
ゾッとしてしまったのだが、立ちすくんでいるわけにはいかない。
今も連続で飛んできているのだから。
「うおおおお!! これはヤバいヤバいヤバいぞ!!」
間一髪で避けるというのを、連続で続ける。
これで生きているのは奇跡であり、森の中で適性がある鹿のツノのおかげだ。
十発ほど必死に回避したところで、その攻撃が止まった。
その隙に説得を試みる。
「誤解だ! 俺はイダウェドからツノを奪ったんじゃない! ちゃんと話して、もらったんだ!」
「物言わぬ遺体相手に……お主はそう謀るのか……!! この外道めが!! いつもそうじゃ、そうやってみんな父のことを……妾のことを……!!」
「話を聞け……!」
どうやら氷竜アイスソードもツノの種族として酷い扱いを受けていたようで、ホルンの言葉を信じようとせず、曲解してしまっているらしい。
息を切らし、涙目になりながら氷の爪を生やして近付いてきた。
たぶんだが、あの氷柱は消耗が激しいのかもしれない。
「八つ裂きにしてやるわ!!」
「くっ!?」
素早くも力強い斬撃。
ホルンは鹿のツノの力で回避しようとするも、直線的な遠距離攻撃と違って難しい。
ここは鬼のツノを使って受け止めることにした。
「次々とツノを変化させおって!! 鬼までツノの種族だからといって殺して奪いおったか!!」
「鬼とは仲良くなった!」
「貴様……まさか鬼と仲を深めて油断させたところで……外道めが!!」
「くそっ!! 埒が明かない!!」
氷竜アイスソードの斬撃は凄まじく、受け止め続けるのは至難の業だろう。
止めるには殺す気でいかなければならない。
しかし、相手の境遇を考えるとそれもホルンにはできない。
覚悟を決めて、フッと力を抜いた。
「……わかった。この命、イダウェドからもらったようなものだ。どんだけ辛い思いをしたきたのかは俺には想像も出来ないし、俺を殺すことで気が晴れるかはわからないけど、やりたければやってくれ」
ホルンはミスリルの剣を捨てて、その身をさらした。
かすかにだが、それで説得を聞き入れてくれればいいとは思っていたが、そう都合良くはいかないらしい。
「望み通りに殺してやろう!! 父の名誉、母の仇、妾の怒りを思い知れ……!!」
迫る氷の爪、首が飛ぶ――と思われたそのとき。
「止めてください! ホルンさんは鬼たちの恩人なんです!!」
遠くから、叫びながらカナホが走って来た。
「鬼たちの恩人……この男が……じゃと?」
間一髪。
首の皮を薄く斬り裂き、氷の爪が血を軽く滴らせて止まっていた。
ホルンは生きた心地がせず、下手なことを言うよりもカナホに任せてしまおうと思った。
「はい、ホルンさんは自らの危険も顧みずに、鬼の村を虐殺しようとしたカール騎士団を返り討ちにしてくれたんです……」
「で、では……この者が持つ鬼のツノは……?」
「それは……詳しくは知りませんが、私がツノを与えても良いと望んだから、たぶんそうなったのかと」
氷竜アイスソードは、疑うような表情をしながらも氷の爪を下げてくれた。
「もしかして、お主の言うことは本当なのか?」
「さ、最初からそう言っている……」
ホルンはホッとして、ようやく人心地つくことができた。
「じゃが、それはたしかに死んだ父のツノ……」
「俺のスキル【ツノ】の力で、イダウェドが虹竜のツノを与えてくれたんだ。もちろん、ツノの実物を奪ったわけじゃないから、これはコピーのようなものだ」
「……にわかには信じられん。話した……とかも言っておったな……」
「ああ、そうだ。微かに残った魂らしきモノと実際に話した……あっ」
イダウェドと話したとき、娘のことへ伝えてほしいと言われていたことを思いだした。
「イダウェドからの伝言だ。『我が娘によろしく言っておいてくれ。虹の輝きは失われぬ』……と」
「父よ……うわあぁぁあああああん!!」
突然、氷竜アイスソードは泣き出してしまった。
「お、おい……どうしたんだ……!?」
泣いた女の子相手にホルンは慌てふためいてしまい、どうしようもできないので、相手が泣き止むまでしばらく待つことになった。
ようやく氷竜アイスソードは落ち着き、グジュグジュの表情で話し始める。
「その言葉は……人間である母と、幼き妾にいつも言ってくれていたものだ……」
「そうか、お母さんは人間だったのか……」
異種族同士の結婚とは、なかなかやるな……とイダウェドを尊敬してしまう。
氷竜アイスソードを見るに、たぶん美人な嫁さんをゲットしていたのだろう。
心の中で♂としてのイダウェドのランクがかなり上がった。
「妾はお主を信じぬ……信じぬが……今は殺さないでおいてやる……」
そう言うと氷竜アイスソードは、背を向けてトボトボと歩き出した。
「お、おい。どこへ行くんだ」
「父の遺体にツノがついたままか自分の目で確かめに行くのじゃ……」
「そ、そうか……。他人の言葉を鵜呑みにせず、きちんと自分で確かめるのは偉いと思う。……でも、歩きで行くのか? 竜なら飛んで行きそうなイメージだが」
「疲れているので徒歩じゃ」
「鬼の村があるし、一休みしていっても――」
「妾は竜じゃ! そこまで落ちぶれておらん! バーカバーカ!!」
そう言うと、氷竜アイスソードはフラフラしつつも夜の森に溶けていった。
「人の鹿肉を食べるくらいには落ちぶれていたような……と突っ込むのは野暮か」
「あっ!? お肉どうするんですか、ホルンさん!?」
「えーっと……帰りがてら、頑張って狩ろうか……」
さすがに連戦で疲れていたが、女の子の前では良いところを見せたいので頑張るのであった。




