【8】 金の魔王
(なぜ)
アスタリオスは、女性的な容姿をしているが、実はかなりの剣の使い手である。
つまり武の心得があるということ。
その彼が、7歳の少女のオーレリアをつかまえていられないなど、ありえない。
ありえないが、彼女がアスタリオスの腕の中から抜け出したのは事実だ。
手には闇の力。
オーレリアは魔王として、光の御子と闘おうというのか?
(無茶だ)
アスタリオスはかつてルミナスの「影」をしていた。
つまりはルミナスと「まったく同じことができる」わけなのだが、その水準に達するためにアスタリオスは血反吐の海をのたうちまわった。
(化け物)
13歳で聖騎士団の団長におさまった第2王子は、歴戦の猛者を片手であしらうことができた。
もちろん単純な力はかなうわけがない、が、であれば素早さを、人体の急所の知識を、身の軽さを生かした戦法を。そして長ずるにつれ、伸びた背や手足の変化についていけない、といった人間らしいところがなく、背が伸びたなら伸びたなりに、手足が伸びたなら伸びたなりに、瞬時に対応した。戦い方から身のこなしまで変化していく様は一言で表現するなら「人間ではない」と思わせるものだった。
そのすさまじさは、彼に追いつき、それをトレスせねばならないアスタリオスだけでなく、常に生死を分ける戦いの場に身を置く聖騎士団全員の身に染みた。
で、あるならば。
たとえ魔王と光の御子が超自然の力において対等であったとしても。
(オーレリアがルミナス様に敵うわけがない!)
なのに、この世で一番大事なオーレリアがルミナスに向かって走っていく。
すでに彼の剣の間合いに入って・・・・!
ルミナスが小さな少女に反応する。
そのわずかな隙を逃さず攻撃しようとしたエルムを、カウンターで殴り飛ばす。
剣の柄に手がかかる。
(神よ!)
アスタリオスが神官時代からの愛用の仕込み杖に手をかける。
べしゃっ。
情けない音が廊下に響いた。
オーレリアが光の御子の目の前で、転んでまともに顔を打ったのだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ふ」
(ふ?)
「ふえええええええええん。いーたーあーいーっ。あああああん、あーん、あーん」
鼻を打ったらしい。
ぼたぼた、と鼻血が流れた。
「お嬢様!」エルムが駆け寄る。
オーレリアは鼻血にびっくりして、さらに泣きじゃくる。
「あああああーん、あーん、ああああーん」
「オーレリア!」
エルムも好きだが、こんな時はアスタリオス先生がいい。
「せんせええい、いたいのー。うう、ああああーん」
鼻血で服が汚れるのも構わずアスタリオスはオーレリアを抱き上げる。
慎重に顔にふれて、鼻血をとめるべくそっと押さえる。
(大丈夫だ。折れてない・・・・。)
「せんせい?」
「・・・・・お久しぶりです。殿下・・・・。」
あーあ、見つかっちゃったよ。
とはいうものの、光の御子様、あまりの魔王の間抜けっぷりに、お口ポカンで、毒気抜かれてますよ。
殺気どこ行きました?
しかも、オーレリアの泣き声に屋敷中から使用人のお仕着せを着た魔物がわらわらとやってきては、やれ「お薬を」だの「お床をのべて!」だの「おかわいそうに、痛みますか?」などと、大騒ぎである。
「おい」と光の御子様、魔物の使用人にお声をかける。
「はい」と先ほど殴られたエルムも普通にお答えする。
「茶をいれてくれ。」
「かしこまりました。」
オーレリアは唇も切っていた。
北方出身の魔物がザラザラと氷を作り、器に入れてもってくる。
傷を冷やす分だけでなく、オーレリアをあやすためにきれいな花をいれた大きな氷を、そして甘い果汁を凍らせたものまで持ってきた。
「・・・・・便利だな。」
その様子を光の御子様、目を丸くしてご覧になっていらっしゃいます。
(このままわたしのことスルーしててくんないかな・・・)
「・・・・・久しいな」
(うわー、先に声掛けられちゃったよう。)
やっぱり、そうは問屋が卸さないか。
「ご無沙汰・・・・しております。」
「・・・・・」
「・・・・・」
しばし見つめあったが、一呼吸ののちカミナリが落ちる。
「ご無沙汰も何も、無事なら連絡の一つも寄越しやがれ!魔物の群れに出くわして行方不明、お前死んだことに!」
「死んだことに?」
「なってない。わたしがさしとめてる。」
余計な事を。いいのに、別に。死んだことになってる方が都合よかったのに。
「光の御子様、先生を連れていっちゃうの?」
オーレリアが鼻声でフガフガしながら抗議の声を上げる。
いや、「行方知れずの神官」より「転生魔王」の方が発見されちゃマズイやつだから。
「どこにも行かないから安心して眠って。」
アスタリオスが微笑みかけるとようやく眠る気になったようだ。
「場所を変えるか。」
令嬢の部屋で話し込むわけにもいくまい、と別室へと促される。
(令嬢)
さりげに「魔王」を令嬢扱いしたぞ?
ちょっとダンナとしては面白くないかも。
応接間に腰を落ち着けると魔物メイドが新しくいれかえた茶をお持ちする。
「まさか魔物にもてなされる日が来るとはな。」
しかも、うまいなと一口。
おそれいります、と頭を下げる魔物メイドに、「マナーも完璧じゃん。」と感嘆する。
「で、お前魔物の群れに出くわした後、どうした?」
「実は、結婚しまして。」
「唐突だな!オイ。」
ウソじゃないもん。