【5】 こんにちは 赤ちゃん
ランベール家はバタバタしていた。当主の妻、リモーネが産気づいたのだ。
待ちに待った初の子供に、邸内は緊張に包まれる。
慶事ではあっても、この国のこの時代では女性の死亡原因第1位が出産なのである。
(ギフトで無事に生まれるとわかっていてもやはり不安になるな。)
リモーネの夫、ドリアンもさすがに仕事が手につかず、産室の前をついウロウロしてしまう。
アウロラの生まれ変わりを宿すにあたって、リモーネは安産を約束されていた。赤ちゃんは健康を約束されていたし、さらに、いずれアスタリオスに渡す女児だけでなく、その後も子供を授けてもらえる確約までもらっていた。
(でも、あくまで娘がアスタリオス殿と結婚したい、と意志確認できてから!)
すでに娘の父親の自覚が芽生えているようでなによりである。
誕生の知らせをうけて、アスタリオスも飛んでくる。
文字通り魔物に乗って、だ。アウロラの転生とともに、アスタリオスが持っていた「王配」権限も消失すると思われたのだが、どうも妻はそのあたりも神と相談してきたようだ。
いよいよ転生準備のため天界に呼ばれたその日、去り際にアウロラは
「王配権限、継続してもらえるって」と告げてきた。
「いいのに」
「貴方が優秀なのは知ってるけど、手駒が必要になる局面が必ず来るわ。アタシの夫になってくれたのだから、そのくらいはやらせてちょうだい」
そうですよ、と今まで仕えてきてくれたヒトガタ魔も同意する。
「貴方のおかげで、魔王を永遠に失わずにすんだのですから。」
「たぶんどっかから別のが生まれてくると思うわよ?」
むしろ生まれた人間の赤ちゃんが魔王権限持つことで、ちゃんとした魔王が生まれるのを阻害するかも。
「見も知らぬ『ちゃんとした魔王』などいりません。貴女様が人間になるというのなら、わたしたちもそれを見守りたいんです。」
主が主なら、従うほうも変わり種である。
魔王様が人間になると宣言したら、すわ魔王城解散または次の魔王選定かと思いきや、
「ではご誕生お待ちしております。」
と膝をつく。
しかも従者ヒトガタ魔物全員かい。
モテモテじゃんかうちの妻。・・・モヤる。
そんなわけで夫人のお腹に宿ると決まった瞬間から、ランベール家には護衛がついた。
高位の魔物が張り付きたがったが、高位ヒトガタ魔の気配を悟られたら光の御子がとんでくる可能性がある。そこで低位の魔物をはりつかせて、夫妻の身の安全を守らせてきた。
しかし妊娠中の夫人のそばにいると、低位の魔物が上位のヒトガタに進化してしまうという事態が発生した。しかもわずか1週間の間でだ。
見慣れないヤツが魔王城に現れたと思ったら、この間行かせた、口もきけない低級魔が進化した姿だった。
「もうしわけありません、とりあえず近くにいた眷属に引き続き見張らせて離脱してきました。」
立派な口をきく上級ヒトガタに成ったねえ。思わずドラゴン従者と顔を見合わせた。
行きはたしかヒトガタにだっこされて送ってもらってなかったっけ。
独りで帰ってきたうえにナイス判断って感じ?
・・・・夫人のお腹にいるのって、アウロラより強力な魔王なんじゃないの?
ので、対策を講じることになった。このままではいずれ、魔力をたくさん持つ上位魔族がランベール領にゴロゴロ集まることになる。そうなれば光の御子を呼び寄せてしまうだろう。
「どうしたら天使の目をくらませられるか、うかがってみましょう。」
モチはモチ屋です、と。
いや神様に対してその言い方はどうなのだろう。
アスタリオスは神に祈りをささげることはあっても、直接対話などしたことがない。
「お話してみればよいのに」
あっさりとドラゴン従者がのたまう。
彼は、アウロラが対話しているのを見て、本当に好奇心から「今回は色々ありがとうございます。」と語りかけてみたという。
なんだか楽し気に、かの存在から「レッツエンジョイ」的な返答がきたときは彼もそれなりに感動したらしい。
「いや、たぶん王配が思ってらっしゃるような、返事ではないかも。もっと気楽で・・・・。なんと表現したらいいのかな。でも今までの人生で困ったり、急にひらめいたり、道が拓けたりしたことがあれば、その時はきっと一時的にでもつながったんだと思いますよ。」
いつも見守っていてくれるから、話かけられればお喜びになると思いますよ、とまた不思議な発言をする。
いろいろあったが、今日待ちに待ったその日を迎えることができた。
魔物たちはみなアスタリオスについていきたがったが、光の御子を刺激しないためにも最低限の護衛だけが付き添った。
邸内に元気な赤子の泣き声が響く。
生まれた赤ちゃんはアウロラと同じ黒い髪の毛をしていた。
(きっと瞳も金じゃないかな。)
顔を真っ赤にして泣く姿は、ただの人間の赤ん坊だ。
でもこれは、愛する妻の第2の人生だ。
「もし」
君が育ってわたしのことを愛さなくても。
「・・・・愛してるよ。君をずっとそばで見守るね。」
頬を涙が伝った。
「君の幸せを守るよ。だってわたしは君の」
ドリアンが抱いていた娘をそっとアスタリオスに差し出す。
そうっとそうっと、首の座っていない赤子を腕に抱く。
「ダンナさんだからね。」
前世のダンナの言葉を子守歌に、赤子はすやすやと眠り始めた。
「ドラゴン従者」はpixivで仲良くしていただいてるユーザー:やまぴかりゃーさんのお子様をイメージして出演していただきました。