いらっしゃいませ……
深夜、僕はコンビニに出掛けた。
12時過ぎてからコンビニに行くのは初めてかもしれない。さすがに深夜なだけあって、街灯はほぼ消えており、弱々しい月の明かりだけが街を照らしていた。
10分ほど歩くと暗闇の中にポツンと光が見え、眩しいほどの人工的な明かりにほっと胸を撫で下ろした。
店の中に入ると、女の店員が一人いた。
女は黒い髪をひとつに束ね、レジでなにやら俯いて作業をしている。
(夜に女の子が働くなんて大丈夫なんだろうか)
そう思いながら弁当を持ってレジに行くと、女の店員は俯いたまま「いらっしゃいませ……」と呟いた。
覇気のない挨拶だ。しかも思ったよりも前髪が長くて口元しか見えない。商品をスキャンしている間もずっと俯いているから、無愛想な店員だなと思った。
「380円になります……」
僕は財布から500円玉を出した。
「……お弁当は……温めますか?」
「はい」
女は相変わらず低い声でボソボソ言うと、レンジの中に弁当を入れた。
ゴオオオという音が店内に響く。
「……お箸は……ご利用ですか?」
「はい、お願いします」
「……何本……」
「二本お願いします」
すると女はレジの引き出しからなぜか箸を鷲掴みした。
え、そんなに?と思った瞬間、
「……いっぽーん……にほーん……」
女はゆっくりと箸を数え出した。
わざわざ声に出して数える必要があるのか?と、僕は疑問に思った。
そしてレンジがチーンと鳴ると、女はゆっくりと弁当を取り出し、割り箸と共に袋に入れた。
「……500円……頂戴しますね……」
女は500円玉を手に取る。
その時僕は500円玉を出してしまったことに少し後悔した。まさかとは思うが、お釣りも…。
「……いちまーい……にーまい……」
やっぱり一枚ずつ数えだした。
380円の弁当に500円玉を出したから、120円のお釣りがくるわけだが、まさかとは思うが全部10円玉でくるなんてこと……
「……さんまーい……よんまーい……」
どんぴしゃだ。
「……ごまーい……ろくまぁぁぁい……」
なんなんだろう、この女は。
ふざけてやってるんだろうか。
「……ななまぁぁぁい……」
僕は他にも店員がいないか周りを見回した。
誰かがいる気配はしない。だけどもしかしたら奥の部屋に誰かいるのかもしれない。客は僕だけだし、もしかしたらからかって遊んでるのかもしれない。
そう思ったら更に腹が立ってきて、
「あの、早くしてもらえませんか?」
僕は言葉をきつく言い放った。
いや、当たり前だ。こんな接客はありえない。
「……すみません……まだ……慣れてないもので……」
女は10円玉を数える手を止めた。
僕は女の言い訳に思わず「は?」と声を出してしまった。
「いや、慣れてる慣れてないの問題じゃなくて、見ればすぐわかるよね?」
「………でも、数えないと……」
「はあ? 120円だよ。10円玉12枚だよ。小学生でもわかるっての。てか100円玉ないの? なんで全部10円玉なんだよ」
「……」
一気にまくし立てると、女は俯いたまま黙ってしまった。いや、さっきから俯いたままだが……。
「もういいや、10円玉でいいからお釣りくれる?」
僕は片手を女の前に出して、お釣りを催促した。
こんな所で時間を潰してる場合じゃない。僕は家に帰って早くゲームがしたいのだ。
「……」
しかし女は僕にお釣りを渡そうとしない。
「……あの……数えないと……数えないとっ……数えさせてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
ゴンッと鈍い音がした。
突然女は叫びながら、おでこをカウンターにぶつけだした。
「!?」
「おおおおお願いしますぅぅぅ! お願いします……! お願いしますぅぅぅぅぅ……!」
ゴンッ!ゴンッ!と髪を振り乱しながら、女はおでこをカウンターにぶつけるのをやめない。
「……数えさせてくださいいいぃぃぃぃ、数えさせてくださいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「う……うわっ、わかった!! 数えて!!
数えてください!!」
僕はその異様な光景に口から心臓が飛び出そうになりながらも、女を見ながら言った。
というか、怖くて目が離せなかった。
「………いいんですか?」
ゆらりと、女が顔をあげる。
だがひとつに束ねていた髪はボサボサになり、更に顔を覆いつくしていたため、どんな表情をしているかわからなかった。
もうお釣りなんてどうでも良かった。
こんなわけのわからない、狂った女から早く逃げ出したかった。
僕はゆっくりとレジのカウンターから後ずさりする。
「………おきゃくさま」
びくっ。
「……今から数えますので……よぉぉぉぉく見ててくださいね……」
(だめだ! 逃げられない!!)
僕の体は金縛りでもあったかのように動けなかった。
「……いちまぁぁぁぁい……」
「……にぃまぁぁぁぁい……」
だんだん女の声が不気味に聞こえてきた。
頭の中であることを思い出す。
お皿を数える怪談話……。
あれは、最後どうなるんだったっけ。
「……さんまぁぁぁぁい……」
「……よんまぁぁぁぁい……」
ああ、くそっ…。
コンビニなんて来るんじゃなかった。
さっさと寝れば良かったんだ。
「……ごまぁぁぁぁい……」
「……ろくまぁぁぁい……」
「……ななまぁぁぁい……」
「……はちまぁぁぁい……」
どんどんカウントされるたびに、僕の心臓は激しく波打った。
もういい、もう聞きたくない。
僕が悪かった。
さっき素直に数えさせてやれば良かったんだ。
「……きゅうまぁぁぁい……」
「……じゅうまぁぁぁい……」
「……じゅういちまぁぁぁい……」
もうすぐ、12枚……。
12枚目に何かが起きるのか?
それとも……。
「……………」
あれ? 止まった。
今11枚目だから、まさか……。
「……いちまい足りないぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「ひぃぃぃぃぃ!!」
僕はとっさに目を瞑った。
怒り狂った女の顔がこっちを見たような気がしたからだ。
はぁはぁ、と女の呼吸音がする。
僕はもう怖くてその場に立ち尽くすしかなかった。
「ふわぁぁぁぁ、も~岩ちゃん、棒金崩してっていつも言ってるじゃないのぉ~」
「………す、すみません、店長………」
──!?
目を開けると、あくびをしながらハゲおやじが奥の部屋から出てきて、女を注意していた。
「あら、ごめんなさいねぇ。この子新人さんなのよ。だから客の少ない深夜に入ってもらってるの。やだ岩ちゃん、おでこから血が出てるじゃなぁい! 全く、ロックバンドやってるからって、すぐにヘドバンするのやめてくれる?」
おネエが入った話し方をするハゲおやじはそう言うと、また奥の部屋に消えていった。
「お、お、お待たせしました、お客様ぁ! 120円のお釣りでございますです……!」
女はよく見たら男だった。
ふざけんなこのチン○×▲……