その10
「あの、その話なんだけど、それ、みんな、私が伸一くんから教わった話だから」
弥生さんの言葉に、川崎たちが動きを止めた。
「「「は?」」」
「伸一くんって、そういうの、本当に詳しいから。で、そんな話を伸一くんにしたって、教えたのは自分だって笑われるだけだから」
「とりあえず、離してくれよ」
俺は服をつかんでいる川崎の手に自分の手をかけた。川崎が手を離す。それ以上、何か言ってくる気配がないことを確認してから、俺は弥生さんのほうをむいた。
「あのさ、そういうの、ベラベラしゃべるもんじゃないよ」
「あ、ごめんなさい」
「いや、べつに謝らなくてもいいけど。――というか、詳しくなったら人に聞かせたくなるって気持ちもわかるけど、そういうのって、興味のない人からすれば、うるせえってなるだけだから」
俺だって、こっちが聞いてもいないのに、鉄道マニアがガタガタうんちくを並べだしたら勘弁してくれって返事をする。俺は川崎たちを指さした。
「ほら、弥生さんは人気があるから、川崎たちも我慢して聞いてたんだろうけど、たぶん心のなかでは、なんだこいつって思ってたはずだし」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
俺の言葉に、またもや川崎たちが切れた。
「俺たちが大泉さんの話を聞いて、なんだこいつなんて思うわけがねえだろう!」
「大泉さんはラーメンに詳しいんだなって、感心しながら聞いてたぞ!」
「そんなおかしなことを考えていたのかおまえは!」
「じゃ、俺がラーメンの話をしても、感心しながら聞いたのか?」
俺が質問したらおとなしくなった。少しして、川崎が悔しそうに口を開く。
「それでおまえ、なんで大泉さんのことを下の名前で呼んでるんだ? 大泉さんも、おまえのことを下の名前で呼んでるし」
「それは――」
説明していいのかな、と思って、俺は弥生さんに目をむけた。俺の視線を受けた弥生さんがあわてたように川崎たちのほうをむく。
「あ、実は、私のお姉ちゃんがラーメン屋をやってて、それで伸一くんが」
弥生さんが川崎たちに話しだした。そういうつもりで弥生さんを見たわけじゃなかったんだが。ひと通りの説明を聞いた川崎たちが、おもしろくもなさそうに俺のほうをむく。
「話はわかったよ」
「そりゃどうも」
「じゃ、ラーメン好きはラーメン好きでやっててくれ。おい行くぞ」
川崎が鈴木と本田に言い、俺から背をむけて教室をでていった。あわてたように残ったふたりもつづく。
「ちょっと怖かった」
俺の隣で、弥生さんが小さく呟いた。本音を言うと俺も少しビビってたんだが、ここは黙っておくべきだろう。
「川崎くんたちって、どうしてああなんだろう」
「そりゃ、弥生さんがかわいいから、遊んで欲しくて声をかけてくるんだと思うけど」
とりあえず本音を言ったら、弥生さんが驚いた顔でこっちを見た。
「かわいいって――」
「ん? それが何か?」
「ちょっとこっちにきて!」
なんでか赤い顔をした弥生さんが俺の手をつかんでひっぱりだした。訳がわからず、ひっぱられるままに移動すると、弥生さんはそのまま教室をでてしまった。当然、俺も教室をでることになる。
「あ、あのさ」
そのまま少し歩き、階段の前あたりで立ち止まった弥生さんがこっちをむいた。やっぱり顔が赤い。
「さっき言った、私がかわいいって、本当?」
「本当だけど?」
外見は悪くないし、ラーメンの知識は皆無だけど、知ったかぶりして背伸びしてる姿は見ていてほほえましい。しかもお姉さん思いで、経営しているラーメン屋をなんとかしようとして俺に声をかけてきたくらいだ。問題点もあるが、それが逆にチャームポイントとして、うまく働いてくれている。どうせほかの男子にもこれくらいのことは言われてるだろうし、俺は正直に話すことにした。
「まあ、単純に言って、とっても魅力的だと思うよ」
「え、あの、そんな、だって、いきなり」
意味のない言葉を並べて、弥生さんがうつむいてしまった。なんだ? 俺みたいなラーメン好きが言うセリフなんて、大して心にも響かないだろうに。
「あの、これで用が済んだんなら、俺、教室に戻るけど」
「え! あ、あの、ちょっと待って!」
背をむけようとした俺に、あわてたように弥生さんが声をかけてきた。仕方がないので振りむく。
「これ以外に何か?」
「あ、あの、えーとね」
うつむいたままの弥生さんが、少しして、思い切ったみたいに顔をあげた。
「今日の放課後、やっぱり伸一くん、ラーメンを食べに行くんでしょ? 私も一緒に行っていい?」
「え、まあ、それくらいなら」
べつに問題があるようなことでもない。とりあえず俺はうなずいておいた。
「実は、駅前の回転寿司屋が、期間限定のフェアで新メニューのラーメンをだしてるんだよ。それほどボリュームもないから、二、三杯くらいは食べられるし。今日はそれを楽しもうと思ってたんだ――」




