その4
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皐月さんが俺を見ながら、不安そうに口を開いた。
「あの、それって」
「ああ、安心してください。皐月さんのチャーハンはちゃんとしてました。パラパラでうまかったです。ただ、これも、塩ラーメンの塩麹と同じで、万が一のときの保険ってことで」
「あのー」
ここで弥生さんが手を挙げてきた。俺と皐月さんを交互に見る。
「また、例によって、まったく理解できないんですけど? マヨネーズってどういうこと? チャーハンにマヨネーズって、合うの? なんか、トマトケチャップなら合いそうな気がするんだけど。ほら、チキンライスだってトマトケチャップだし」
「あ、そうか。弥生は知らないのね。説明するけど、チャーハンをつくるとき、マヨネーズを使うって裏ワザがあるのよ」
俺の代わりに皐月さんが弥生さんに話しだした。
「白いご飯にマヨネーズを混ぜて、それから中華鍋で炒めると、ちゃんと中華鍋を振らなくてもご飯がパラパラになってくれるっていう奴なんだけど」
「もちろん、本職の中華職人がつくったチャーハンに比べれば、どうしても、少しは劣るんだけどな」
俺は皐月さんの話に補足しておいた。
「ただ、とりあえず、技術のない人間でも、パラッとしたチャーハンをつくれる。俺はそれを皐月さんにやってほしいってリクエストしたんだよ」
「――え、どうして?」
弥生さんが、理解不能って顔で訊いてきた。
「私、お姉ちゃんのチャーハンって、普通においしかったんだけど。それに、いま、伸一くんだって、パラパラしてたって」
「確かに言ったよ。パラパラしてたって」
ここまでは認めて、俺は皐月さんに目をむけた。
「ちょっと確認します。皐月さんは、連続して、何人前くらいチャーハンをつくったことがありますか?」
「え? あ、どうだったかな」
いきなりの俺の質問に、皐月さんが少し考えこんだ。
「そうですね。このお店をもらってからだと、五人前くらいだったと思います」
「はい、どうもありがとうございます」
とりあえず礼を言ってから、あらためて俺は皐月さんを見つめた。なんでか皐月さんが少し赤面する。
「ななななんですか?」
「最初に会ったときから思ってたんですけど、皐月さんって、俺より背が低いですよね? 俺より歳上なのに」
俺が言ったら、皐月さんが、なんだって顔になった。
「そりゃ、まあ」
あたりまえみたいな顔で返事をしてくる。
「私、女だし」
「で、体つきも華奢に見えます。少なくても、いま俺と皐月さんが腕相撲をしたら、かなりの確率で俺が勝つと思うんですよ」
「それは、まあ、あの、はい。私もそう思います」
「で、そういう皐月さんの体力で、何人前くらいチャーハンがつくれるのかっていうのが、俺には不安だったんです」
俺は店内を見まわした。
「この店が満席になって、しかも、偶然、全員がチャーハンを注文する。あげくにみんな大盛り、なんてことはさすがにないと思いますけどね。ただ、絶対にありえないとも言い切れません。となると、合計で三十人前以上もチャーハンをつくることになります。で、いまの皐月さんに、それだけの時間、延々と中華なべを振りつづける体力があるか? 申し訳ないけど、俺にはないと思います」
「――ああ」
ここで皐月さんも納得したような声をあげた。
「そういうことですか」
「はい。ですから、マヨネーズは常備しておいて欲しいんです。疲れて腕があがらなくなっても、最低限のレベルを維持したチャーハンはお客さんに提供しなくちゃなりませんから。で、最初のお客さんにはマヨネーズを使わないで、あとのお客さんにはマヨネーズを使う、なんてことになると、やっぱり不公平になります。味がブレるなんてのは、本来なら、あってはならないことですし。だったら最初っからマヨネーズを使って欲しいと思いまして。俺のリクエストの理由はそういうことです」
「わかりました」
この件にも、皐月さんは素直にうなずいてくれた。




