その1
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「あのー、今度は俺がしゃべります。俺がラーメン好きになったのって、両親が原因なんですよ」
聞いてばっかりなのも変だと思ったので、俺は少し自分語りをすることにした。
「俺の両親が共働きで。小学生のときはそうじゃなかったんですけど、中学にあがったとき、母親が、もう子供に手がかからなくなったから働きにでるって言いだして。で、朝飯は、いまも家の食卓で普通に食べてるんですけど、夕飯がなくなったんですよ。代わりに母親が千円札をぽんとだして。それで、何か好きに食べてきなさいって言ってきたんです。だから俺、あっちこっちのお店でラーメンを食べて。で、そのうち、ラーメンってのは店によって味が違う。おもしろい食べ物だって気がついて。それでラーメン好きになったんです」
言って、俺は皐月さんに目をむけた。
「で、まあ、よかったら、皐月さんがラーメン屋になろうと思った経緯とか、どうしてこのお店を継いだのかも、よかったら教えて欲しいんですけど」
「あ、私ですか」
皐月さんが、少し考えるような顔をした。
「えーと、あれは、私が高二のころだったから四年前になるんですけど、学校で、進路の件で私が迷っちゃって、何も言えなくなっちゃって」
ということは、皐月さんは二十一歳か。若いはずだ。頭の片隅で考えながる俺を前に、皐月さんが話をつづけた。
「なんて言うか、私の頭で進学は無理だと思っていたんですけど、就職って言っても、何をしたいのか、全然わからなくて。それで、先生の質問に何も答えられないから、怒られて、居残りさせられたんです。で、そのあと、ひとりで家に帰って。いつもだったら、友達と駅前のファミレスで無駄話して時間を潰すんですけど、そのときはひとりだったから、そんな気分になれなくて。しかも、居残りで六時過ぎててお腹もすいていて。で、駅前にラーメン屋さんがあるのを見かけて。私、どういうわけか、そのとき、ふらっと入っちゃったんですよ。たぶん、いろいろ追い詰められていたからだと思いますけど」
言いながら、皐月さんが、ちょっとうれしそうにほほえんだ。
「それで、ラーメンを食べたら、なんだかホカホカした感じがして」
「え、お姉ちゃん、それってあたりまえじゃない」
ここで弥生さんが口を挟んできた。
「ラーメンは温かいんだから。それを食べてホカホカしないほうがおかしいって」
「あのね弥生」
皐月さんが、ちょっと怒った顔で弥生さんをにらみつけた。
「私が言ったのはそういうことじゃないの。なんて言ったらいいのか、心が温まるような感じがしたのよ。それで私、あ、ラーメンって、なんだかやさしい食べ物なんだな。こういう食べ物を提供する仕事だったら、自分もやりたいなって思って。それで調理師学校に通うって進路も決めたのよ」
横で聞きながら、俺は、へえと思った。そういう流れでラーメンにたずさわる人もいるんだな。ただ――
「ちょっと質問いいですか」
俺は手を挙げた。
「そのお店って、ここじゃないですよね?」
皐月さんは、駅前のラーメン屋と言った。ここは駅からバスで十五分かかるし、元は中華料理屋である。ラーメン屋じゃない。俺の質問に、皐月さんが少し困った顔をした。
「それなんですけど。だから私、調理師免許もとって、最初は、そのラーメン屋に行ったんです。まずは雇ってもらいたいって思って。ところが、そのお店がなくなっちゃってて」
「え、じゃ、そのお店のラーメンって、まずかったってことじゃない」
ここで、またもや弥生さんが口を挟んできた。
「まずいからお客さんが入ってこない。お客さんが入ってこないから潰れたんでしょ? そんなお店のラーメンがおいしかったって、それ、お姉ちゃんが味音痴だってことじゃないの」
「失礼なことを言うのはやめてよ弥生」
さっきと同じく、皐月さんが弥生さんをにらみつけた。
「お店がなくなってたってのは、潰れたってことじゃないの。建物そのものが、丸々なくなってたのよ」
「あ。それは老朽化して建物をとり壊したんだと思いますよ」
俺は助け舟をだした。
「すると、そこを借りていた店は、どこかに引っ越したのかもしれませんね。皐月さん、そのお店、なんて名前だったか覚えてますか?」
「あ、それは、その、すみません」
皐月さんが、申し訳なさそうに視線を落とした。