その10
少しして醤油ラーメンがきた。
「お待たせしました。煮玉子トッピングつきです」
「どうも」
俺はスマホをだして写真を撮った。スープは清湯系淡麗スープ――に見えたが、ちょっと違う。丼の縁のあたりは透明なスープなんだけど、中央が変に濁っていた。店の前の写真を見たときは気づかなかったな。なんだこの茶色いの?
「あ、これ鰹節か」
「はい。鰹の香りを強くしたくって」
俺のひとり言に、皐月さんが返事をしてきた。
「それで、追い鰹みたいな感じで、鰹節を直接振りかけてるんです」
「あー、なるほど。追い鰹ですか」
ということは、最初から出汁に鰹を使っているってことだな。味わう前から原材料がわかってしまった。まあ、あんまり考えないようにしながら匂いを嗅いでみる。――なるほど、鰹節の焙煎香と燻製香がした。ただ、それとは違う、あまりまろやかさのない、強みのある魚の香りもする。こっちは煮干しだな。
「では、いただきます」
俺はレンゲでスープをすくってみた。油の量は、五段階評価で二から三ってところか。準あっさりの、やや普通よりだな。そっと飲んでみるが、油そのものに味は感じられない。スープは塩分が薄め。あと、出汁は煮干しと鰹節以外だと、オーソドックスに豚骨と鶏ガラ。ここまでは俺の口でわかる。それから、不快な臭みや雑味はなかった。地味だが丁寧な仕事をしている。あと、不自然なほど強烈な旨みは感じなかった。化学調味料は使ってないっぽい。
「私もいただきます」
俺の隣で、弥生さんもラーメンを食べはじめた。まさか、いきなりコショウを振りかけたりしないよな、と不安に思って見ていたが、ありがたいことにそれはなかった。俺もメインの麺を箸ですくいあげてみる。中細の縮れ麺。――食べてみてわかった。これは中華料理屋にでてくるラーメンの中華麺である。悪く言えば無個性だが、よく言えば安心して食べられる普通の麺だった。
「スープは悪くないですね」
適当に麺をすすり、今度はチャーシューを口に運んでみる。――バラ肉のロールチャーシューで、こちらも没個性だが、及第点の味だった。メンマもちゃんとしている。煮玉子は中身の黄身がトロトロ。モヤシは茹でモヤシ。塩分は感じない。
「ごちそうさまでした」
十五分後、俺は最後までスープを飲み干した。俺の隣で、弥生さんも両手を合わせる。
「私もごちそうさまでした」
と言ってから弥生さんがこっちを見てきた。
「どうだった? 私は悪くないと思うんだけど」
「その前にお勘定をしないと」
「あ、そうか」
というわけで、俺と弥生さんはレジで金を払った。お釣りをもらって、あらためてカウンターに戻る。空の丼を厨房に下げた皐月さんが、少し不安そうにこっちをむいた。
「あの、何を改善すればいいとか、ありますか?」
「そりゃ、まあ、言いたいことは山ほどあります。ただ、その前に、聞きたいことも山ほどあるんですよ。だから、まずは質問攻めにします。それでいいですか?」
「はい、それは、まあ」
「じゃあ、第一に。皐月さんのつくりたいラーメンって、どんな味だったんですか?」
「は?」
皐月さんが変な顔をした。
「それは、いま、食べてもらったラーメンなんですけど」
「確かに食べました。で、口では味わったんですけど、今度は耳で聞きたいんです。皐月さんが頭のなかで描いている理想と、実際につくっている味にズレがあると問題なので。念の為に確認しておかないと」
「ああ、そういうことですか」
皐月さんが納得した顔になった。
「では言いますけど、私、魚介が好きなんです。特に鰹節が。ほら、冷ややっこに鰹節をかけて、醤油をかけて食べるとおいしいじゃないですか。あとは、ご飯にかけるふりかけでも、鰹味が一番好きで。だから、鰹節の香りが効いた和風のラーメンをつくりたいと思って」
「はあ、なるほど。だから追い鰹だったんですね」
俺は少し考えた。