夏のゆうれい
ひゅ~どろどろ
夏のゆうれい
あたりまえ
なのに
あたしは見たことがないのは
どこかに致命的な欠陥があるからだろうか
昼のたいよう
あたりまえ
なはずなのに
あたしはもしかしたら
見たことがなかったかもしれなかった
そこにたいようがあることは知ってる
暑いし
まぶしいし
ぼんやり気づいてる
でも感じてるだけ
見てはいない
夏のゆうれいも
おんなじように
なんだか怖いのは感じてる
そこにいることはぼんやり気づいてる
なのに
あたしは見てはいないのだ
あたしが致命的に鈍感なだけかもしれないな
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夏のゆうれいを見たひとがたくさんいる
窓の外から黒いブライアンに覗かれてる女性
うんこ色のトンネルの中で少年の顔が背中にひっつくカップル
マクドナルドのピエロに深夜の田舎道でひたすら追いかけられて走る兄ちゃん
もうすぐ夏が来る
もうすぐ夏ですよー
みなさん
どちらへお出掛けのご予定ですか?
あたしはどこへも行きません
ユリイカ
ああそうか
あたしはどこへも行かないから
夏のゆうれいを見たことがないのだ
旅に出よう
夏のゆうれいを探しに行こう
自分の足で歩いて行こう
そこまでは社会の乗り物に頼って
6時間ダラダラした後
あたしは颯爽と出発した
べつに
ゆうれいが見たいわけではなかった
あたりまえな人間になるための儀式のように
割礼を受けに行く人のように
あたしは苦痛を受け入れて
一人前になりたかったのだ
と思う
あんな怖いもの
二度と見たいわけがあるか
あたしは夏のゆうれいは見たことがないが
冬のゆうれいなら見たことがあった
恥ずかしながら
雪のぼとぼと降る不気味な高原で
うさぎすら家に篭もる冷気のなかで
全裸の女性は雪の隙間からじっとこっちを見てた
官能的な表情で
最大限のより目で
こっちを見られるはずがないのにこっちを見てた
それが怖くて怖くて
あたしはハッカースティクション! とおおきなクシャミをすると
冬のゆうれいは消えていた
人はありえないほど不自然なものを目の前にすると
不思議なクシャミをする
忘れたい
恥ずかしい記憶
恥ずかしいこと全部
山へ捨てに行こう
あたりまえなことと入れ替えて
常識人になろう
ヤァ!
ヤァ!
ヤァ!
山の上にあるこのトンネルには
昔ここで車に轢かれて死んだ少年のゆうれいが出ます
そんなネットで見た情報を信じてここまで来たけれど
こんなに何もないところだとは思わなかった
近くに民家もない
こんなところで
どこからやって来た少年が
何をしていて車に轢かれたというのか
あたしは場所を替えた
山裾に立つこの廃病院には
夜な夜なたぬきが現れます
たぬきは雑食なので
人間も食べます
そんな廃病院のあかるい昼間の木漏れ日のなかで
あたしは前触れもなく
ライダーに出会った
「こんにちは」
気さくなライダーが言った
「こんなところで何をされているんですか?」
あなたこそ
あたしは質問に質問で返してから
クシャミをした
エクステンション!
あたしの茶色い髪が
日本人形みたいに長く黒く伸びて
前髪はパッツンに揃って
ライダーを恐怖させる
「ゆうれいだ!」
気さくなライダーは変身した
「夏のゆうれいだ!」
あたしを指さして恐怖するライダーに変身した
ああ
そうだったのか
夏のゆうれいとは
あたしのことだったのか
なんて
当たり前なあたし
道脇には白百合咲き乱れ
とろけて地面にぼたりぼたりと落ちる
死んでたなんて気がつかなかったな
「おれも」
ライダーさんも気づいてなくて
二人で手を繋いで川を渡った
なんて鈍感な
あたしたち
ぼん
くくくくく