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総じて:遅刻魔



夏。高校生を含め学生にとってはかけがえのない季節。

大会、テスト、夏休み。学生の青春の象徴のようなこの季節は、湿度高めの蒸し暑さというその気候とは切っても切り離せない関係にある。


テスト週間が刻々と迫る中でそれを忘れるためかはたまた一切気にしていないのか、東京郊外の高校は活発に活動する学生の声で溢れていた。


夏の名物であるうるさいほどの蝉の声が、クーラーという文明の利器に頼らない校風によって開け放たれた窓を潜って校舎に反響する、外では部活動に勤しむ青春を謳歌した学生の群れが喧騒を生み出し、儚くも騒がしい蝉達のオーケストラとのセッションを奏でる。


つまるところ何が言いたいのかと言うと。


「クッソ暑い…だりい〜…」


学生イスの背もたれに限界まで寄っ掛かり、襟元の第二ボタンまで開け放った男子生徒がぼやく。

左手は襟元をせわしなく動かして鞴のように空気を体に吹き付け右手はこれまた忙しなく扇子を仰ぐ、まるで犬のように舌を外に垂らすまでもう直ぐというほどで限界スレスレといった様子だ。


額からは大粒の汗がダラダラと垂れ流しになっていて、机の上に無造作に置かれた最期の生命線である麦茶のボトルは底を尽きるまで最早大手がかかっているという状況だった。


「…あ゛〜、検索開始『今日の気温』」


夏の喧騒にかき消されるほどのまるで蚊のようにか細い声に反応し、空中にノートパソコンの画面ほどのサイズの半透明のウインドウが現れる。シンプルなデザインのウインドウには太字で大きく『29℃』と文字が表示されている。


道理でクソあっちいわけだ と彼は思った。

暇つぶしに開いたウインドウを軽く念じてかき消すがいくら部室で待てども待ち人は来ず、彼はもう待ちぼうけて1時間近く経つだろう。


普通の教室と比較して半分ほどの面積しかない部室にはその約7割を地図や丸められたポズター状の紙束、大量の段ボールによって支配され残りの3割にホワイトボードと2脚の椅子とその机。

廊下側に雑多なものを押し込めたせいで椅子のある位置では直射日光が降り注ぐ、それもまた汗を垂れ流される大きな理由だろう。通常の教室には設営されている備品の扇風機も残念ながらこの教室には配備されていない。窓を開けていても糠に釘で部室はサウナの様相を呈していた。


こんな理不尽なことがあるか、と暑さで蕩けたニューロンで考えながらも、更なる暇つぶしのためにだらけきった背筋を戻しつつ窓から校庭を俯瞰する。


丁度その時、校庭で練習している白いユニフォームを纏ったピッチャーが大きく振りかぶり豪速で球を投げ放った。球速は十二分、空中で突如発火した球が火の尾を引きながらキャッチャーミットへ突き進む。



それは文字通りの炎の魔球。その熱さが蜃気楼を生み出し、球は5つにブレながらキャッチャーへ飛来する。



その球を迎え撃つべくバッターボックスで構えていたバッターが渾身、バットを振り被る。ブウォン!と轟音を立てながら直後5倍ほどまで巨大化したバットがその圧倒的面積によって分身火球を芯でとらえ、見事炎の魔球はスタンド…ではなく学校のネットにぶつかり威力を失って校庭に落下した。


(お〜いいヒット、今年の公式戦は面白いことになりそうだ)


暑さからくる気だるさが吹っ飛ぶほど綺麗に曲線を描くボール、気持ちよく響く金属バットの打球音は部室で部長を待つこの男子生徒の怠さ由来の眠気を見事に吹っ飛ばした。


超次元ベースボールもかくやといった明らかに常識外であるように見える野球も今となっては世間に浸透しつつある。


先ほどのウインドウを召喚する能力や炎を生み出す能力、物質を巨大化させる能力など、これら物理法則を完全に超越した摩訶不思議な超常の力を身につけた少年少女は、全世界ですでに1億人以上の存在を確認されているので、競技性に変化が生じるのも仕方がない話だろう。

現に学問スポーツ、娯楽にインフラなどは全て彼ら能力者の登場により直接的、または間接的にアップデートされていっている。


これらの起源は16年前に遡る…と言われている。


現代に至るまでに一切の原因不明であり具体的にその時期に超能力を宿した子どもたちが誕生し始めたということしか解明されていない。

当初病として扱われていたが故にインターネットを中心に”チューニ病”と呼ばれていたそれは、現代社会に浸透し今や地球人類とは切っても切り離せないものとなった。

しかしその症状については一人一人異なっているため、それもまたこの病の解析を大きく遅れさせている原因である。


「にしても…遅い、遅すぎる」


噂をすれば何とやらということだろうか。

男子生徒がそうぼやいた直後、突如として雑多な物置じみた部室の錆びついた年代物の鉄製引き戸が、ドアレールと擦れて異音を立てながら勢いよく開け放たれた。


その扉の先に立っていたのは夏場仕様の制服をその身に纏った少女、その綺麗なブラウン色のショートカットヘアの先まで汗だくだが表情は満面のドヤ顔であり、その様相は身長が高校生女子にしては小さめだからであろうか、どこか幼く映る。


「たーーのもーーーー!!!!!」

「煩っ!?」


漏れなく校舎中に響き渡る程のその小さな体からは想像できないほどの大声が発せられた。気のせいか外での部活音も一瞬止まったような気がした。


そして一番間近でその叫び声を食らったであろう男子生徒は、鼓膜がキーーーンと耳鳴りしたからか咄嗟に爆音のように元気な道場破り宣告に耳を塞ぐ。

叫び声が治まると男子生徒はため息交じりで眉間に皺を寄せながら塞いだ手を外し文句を垂れた。


「…遅いですよ部長、というかそもそもここは貴女が設立したんだから頼もうもクソもないでしょ…全く」

「あははは、ごめんごめん。ちょっと新しい依頼をね」

「また俺を通さずに勝手に依頼を受けて…どうなっても知りませんからね」

「うぇ、手伝ってくんないの!?そんな意地悪言わないで助手として手伝ってよ〜!」


眉をへの字に曲げて男子生徒のズボンに縋り付く部長と呼ばれる少女、端から見ればどちらの方が立場が上かわからなくなるような光景だが、この学校に在籍している人間ならこれを普段の日常風景としてスルーする程度には常態化している毎度お馴染みの光景である。


助手と呼ばれた男子生徒は頭を抱えるように肩を落として首を縦に振った。ズボンにくっつき虫の如く張り付いているため端からはその表情を目視することは叶わないが、言うまでもなく部長の顔には笑顔の花が咲いたことだろう。


教室出入り口、その上に設置されている教室プレートには女子らしい丸文字で文字の書かれたプリントの裏紙がガムテープで無造作に貼り付けられていた。

ここは”チューニ病部(仮称)”、超能力による社会貢献を銘打って設立された部員2名の弱小部活だ。




━━━━━━━




「なんで遅刻したんですか?」

「バレー部の子にヘルプ頼まれちゃってさ〜、頼まれたからにはやらないとね!」

「………はあ〜〜〜。」


チューニ病部の部室、その中で二人の男女が面と向かい合って座っていた。

片や仏頂面の男子生徒、片や満面の笑みの女子生徒。男子生徒改め”助手”は腕を組み額には血管が浮き出ていた、明らかに怒り心頭といった様子だが、女子生徒改め”部長”は何処吹く風といった様子で椅子をカタカタと揺らして遊んでいる。


その様子を見て『()()()()()()()()()()()()()()()』の瓦解を察した助手は、本日3度目の深いため息を吐くと話を切り出す。


「で、依頼は迷い猫探しですか?」

「うん!そうそう。簡単な依頼だから別にいいかなって」

「…以前そうやって安請け合いした依頼でどんな目にあったか忘れてないですよね?」


ニコニコ笑顔で依頼を受けてきた部長に疑いの目を向ける助手。以前部長が安請け合いした依頼で紆余曲折を経て刑事事件レベルの犯罪者と対峙した過去を鑑み、さすがにこんなことが続いたら俺の胃も命も持たない…ッ! と自己判断した助手によってあるルールが決められた。

『依頼は助手お手製のネット掲示板か、この部室に設置してあるホワイトボードに貼り付けること』、このルールとして定められた一文がホワイトボードにご丁寧にしっかりと()()()()()()で記されている辺り、本気度が違う。


ちなみに以前安請け合いした依頼の内容は『駅前のゴミ拾いの手伝い』である。そんな雑用程度の依頼がどうして刑事事件にまで発展したかは助手と部長の活躍の躍進が今後あったのなら語られるだろう。


「わ、忘れてないヨー」

「もうちょっとわかりやすく嘘をついてください、全く…」


そう、そしてこのように部長がまた不正規に依頼を持ってきたということで助手はご立腹だった。

二人は昔からの長い付き合い、それこそ生まれた時からレベルの長く深い付き合いがあり、両家族も親密で両者の間には切っても切れない縁が結ばれている。しかしそれはつまり、生まれて此の方16年、常にこの暴走機関車もかくやといった猪突猛進少女の舵取りをしてきたということに他ならない。


(…どうせ何言ってもこの依頼を受けることは確定的に明らか。

はぁ〜〜〜っ、何のためのルールなんだか)


眉間の辺りに力がこもるのを感じた助手は無意識に額を右手で揉んだ、この歳で偏頭痛持ちになるのはあまりにも可哀想だ。


部長の行動として、助手にとっては何より”悪意があってやっていることではない”というのが1番タチが悪いだろう。善性と天真爛漫が服を着て歩いているといった様相の人間が部長であり裏はない。

あらゆる行動は打算なしの100%の善意によって行なわれているため反対するに反対できないの助手であった。あらゆる善意にはその下敷きになる何かしらの犠牲が存在するという残酷な事実に気付いてしまった助手は年季の入った教室の天を仰いだ。


「わかりました、やりますよやりゃいいんでしょ!

…で、何かしらヒントになる情報とか物品とか、預かってきてますか?」

「もっちのろん!はいこれ写真、かわいい猫ちゃんだね!」


観念して協力を申し出た助手に対して部長は満面の笑みと共に制服の胸ポケットから一枚の写真を取り出す、そこには1匹の可愛らしい猫が写っていた。


(猫の種類は詳しくないけど…アメリカンショートヘアか?

黒白灰色の3色が混ざったゼブラ柄、年齢は…幼いな、丸っこいし。んで目が綺麗な青色か)


助手は手渡された写真をじっと見つめその子猫からわかる特徴の情報を素早くピックする。もちろん子猫が可愛らしいというものあるが、これは彼の能力を使用するのに必要な手順だからだ。


「ほー、確かに可愛らしい猫ですね、んで名前は?」

「でしょ〜、名前はミーちゃんだって!」

「これまたベタな名前を…わかりました、検索してみましょう」


助手が写真を部長に返し空中を手で軽く撫でると、先ほど気温を調べた際の5倍ほどの大きさのウインドウが空中に出現した。立ち上がり間もないパソコンの如く徐々にシンプルなウインドウがこの街の地図や常に変化し続けている無数で未知のパラメータを表示し、忙しなく画面上で演算と展開を繰返していく。


「情報の抽出と検索を開始、キーワード指定『神結町、アメリカンショートヘア、ミーちゃん、子猫』…ヒット数38件!?

もうちょい搾らないとちょいと多過ぎるな…部長、なんでもいいから追加できそうな情報ないですか?」


画面で忙しなく変化していた数字が完結すると空中に表示された神結町のマップ上に無数のピンが刺された。その数は実に38件、本職の探偵なら未だしも学生の部活動でこれをすべて調べるのは無理と同義だろう。それを察して助手は部長に追加の情報を求める。


「えっと、飼い主の名前は佐々木優花ちゃんだよ、これでいけそう?」

「追加検索情報を入力『佐々木優花』…ヒット数1件、っと。

十中八九これですね、というか飼い主の情報とか最初から出しといてくださいよ、手間なんですから」

「ごめんごめん、情報が少ない方が助手君の能力『検索』の負担が少ないかな〜なんて思っちゃって」

「…お気遣い感謝します、でもワード数5つくらいなら大した負担じゃないですって」


照れ隠しだろうか、そっぽを向きつつそう言いながら助手は自身の学校指定の鞄から筒状のケースがトレードマークのラムネ菓子を取り出し、いくつかを口に頬張った。表示されたまま静止したウインドウには街の北東部、工場地帯に赤いピンが刺されていて、画面端に子猫のリアルタイムのバイタルが表示されている。


「照れちゃってえ、とはいえ負担が少ないに越したことはないでしょ?」

「まあそうなんですけどね…あ゛〜頭痛い」


助手、その能力名は『検索』。

チューニ病の中でも数少ない分析型の能力であり、ありとあらゆる情報をリアルタイムで集積し分析することができる能力。一体どのように情報を集積しているかは例に漏れず不明だが情報量に応じて脳みそに負担がかかる。


「まあ、頭脳労働担当が俺で部長が実働担当なんですから、あとは頼みましたよ〜」

「えぇ〜!!?乙女を一人で危険な工場地帯に行かせるつもりなの!?あそこらへん不良の溜まり場だから私一人で行ったら絡まれちゃうよ〜!??」


軽く水分を補給した後助手は露骨にだるそうに机に突っ伏すと、そのまま部長に向かって手をひらひらさせる。その明らかに行く気が皆無の様子を見た部長は目を白黒させオーバーリアクション気味に抗議した。


「大した負担じゃなくてもだるいもんはだるいんですよ…それに俺は部長の100万倍弱いんですから居たところで大差ないですって」

「でも迷い猫探しだよ、人手が多い方がいいって!?

”戦いは数だ”ってよく言うじゃん…って、もしかしなくても絡まれること前提で話進めてない?」


その問いに対して助手は机に伏せたまま無言でサムズアップを返した。無論、部長がまた助手のズボンにしがみついて駄々をこね始めたのは言うまでもないだろう。




<基本骨子>

検索:助手の能力、これに類似する能力は世界に100人と見つかっていない。

少なくとも『地球全体のあらゆる情報にアクセスすることができる』ということまでが彼の能力実験検証によってわかっているが、情報量が大きすぎる場合などは脳が負荷に耐え切れず気絶してしまうため常に使用しているわけでも、他国の最重要機密をブッこ抜くなどということもできない。

彼がラムネ菓子を常に持ち歩いているのはブドウ糖を摂取することで脳みその活動を円滑にし、ロスを少なくすることで結果的に脳の負担を軽くできるためである。

能力は脳内で検索したいワードを羅列し、それをどこからともなく現れるウインドウに出力し可視化することを1つのプロセスとして要求しているため、見るまでは情報を理解できないという欠点なども存在する。

他にも何か弱点があるらしいが…?

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