お出かけ②
「わぁっ……!」
台所に入ったボクは、感嘆の声を上げた。
そこには、無数に並んだ調理器具に、調味料の数々が綺麗に陳列されて並んでいる。
中には見たことのないものまである。あの窪みのある金属、一体何に使うんだろう?
「ここ、シリアさんが使ってるんですよね?」
「はい。お嬢様が私のためにと用意してくださったものです……」
「シリアさんもお菓子を作るの、好きなんですか?」
「そうですね……趣味、と言えるものかと……」
「! ボクもなんです! 最近は本で見たタルトをうまく作れて嬉しかったんですよ~!」
「そう、なのですね? 私は本を読んだりはしていなくて……昔から知っているものしか作れなくて……」
「どういうのを作るんです!?」
「……え、と」
シリアさんの目が泳ぐ。
あんまり踏み入って欲しくない話題だったのかもしれない。
でもっ! シリアさんがどんなお菓子を作ってるのか凄く気になる……!
ボクは自分と同じ趣味の人が見つかった嬉しさで、かつてないほどテンションが上がっていた。
じっとシリアさんを見つめていると、シリアさんはゆっくりと教えてくれた。
「わ、私の故郷では普通に食べられているものなのですが、ここでは珍しいかもしれないです……」
「故郷、ですか?」
「はい……私は、ヘスペリスの生まれではないので……」
「そうなんですね。それでそれで、どんなものなんですか?」
「う。シャーベット、というものです……」
「シャーベット? って、氷菓子ですよね?」
たしか果物の果汁とかを凍らせて作るもののことだ。前世で遠くに遠征した際に食べた覚えがある。
確かにヘスペリスでは珍しい、というか殆ど食べられないだろうなぁ。
魔法技術が発達したお陰で果物や調味料自体は安定的に手に入るようになっているし、調理器具だって色んなものが発明されているけれど、物を凍らせる魔法器具というと見たことがない。
詳しい理由は分からないけど、物を温めることと比べて冷やす魔法具を作るのはかなり難しいらしい。液体を凍らせるとなると、尚更だろう。
「え……シリアさん、シャーベットを作れるんです、か?」
「はい……あの、私の得意魔法は冷却、なので……」
「冷却、ですか?」
シリアさんが頷いて、ボクの手を控えめに握る。
「ひゃあっ! ちゅめたい!」
「ご、ごめんなさい……ですが、このように触れたものを冷やせるので……」
ボクの悲鳴に、シリアさんが慌てて手を引っ込める。
まるで冬の夜に窓に触れる時のような冷たさだった。びっくりしたぁ……!
「なるほど。それを利用してるんですね?」
「はい……で、では、お菓子を作りましょう……セシル様のお手伝いを致しますので……」
「……」
むむ。確かにセリーヌ様からは『とびきり美味しいのをお願い』って言われていたっけ。
でも、今ボクはとてもシャーベットが食べたい。
今の話を聞いたら食べたくなるのは当然のことだよね? なんとか、シリアさんに作ってもらえないだろうか。
「あの、シリアさんも一緒に作りませんか?」
「……? は、はい。当然、お手伝いは致しますが……」
「それではなくて、シリアさんもシャーベットを作っていただけないかな、と」
「え……そんな……セリーヌ様に、私などが作ったもの、とても出せません……それに、セリーヌ様はセシル様のお菓子を所望していらっしゃいました……そこで、私のお菓子が出てきたら、お怒りになるのでは……?」
「むぐ」
ぐっ。前半部分はそんなことはないと思うけど、後半部分はシリアさんの言う通りだ。
セリーヌ様はボクにお菓子を作ってくるようって命じたんだ。それなのにボクが作っていないお菓子が出てきたら、セリーヌ様は怒るだろう。
でも、シャーベットは食べたい……! セリーヌ様だって食べたことはないはずだ。是非食べて欲しい。
何か方法はないかな……。
そこまで考えたところで、ボクの頭にピン、とアイデアが浮かんだ。
「そうだっ。それならシリアさん、こうしませんか?」
「えっ……?」
ボクはにっこりと笑みを浮かべて、シリアさんに思いついたアイデアを伝えた。
☆
「お待たせしました」
「あら、思ったよりも早かったのね」
お菓子つくりを終えて中庭に戻ると、セリーヌ様とロシーユ様はリラックスした様子で中庭の景色を見ながら談笑していた。
かなり気が合う友人になれているみたいで何よりだ。
ボクが戻ってきたことを告げると、二人はソーサーにカップを置いて、待ってましたとばかりにボクに注目する。
「楽しみにしていたのよ。それで、お菓子はどこかしら」
「こちらに。シリアさん、お願いします」
「は、はい……」
緊張した面持ちで、シリアさんがトレイに乗せたお皿をテーブルに置いた。
そこに乗っているものを見て、セリーヌ様とロシーユ様は目を丸くする。
「セシル、これは……? 見たことのないお菓子だけれど」
「オリジナルのお菓子です、ボクが焼いたクッキー生地で、シリアさんが作ったミルクシャーベットを挟んでみました」
思いついたアイデアというのは、これのことだ。
ボクがクッキーを作り、そこにシリアさんが作ったものを挟めば二人で作ったことになるし、セリーヌ様もボクもシャーベットを食べられる。
我ながら最高の発想だね!
「シャーベット? 食べたことがないものね」
「シリアの故郷に伝わる、液体を凍らせたものです。シリアが良く作ってくれるんですよ」
「そうなの? へぇ……じゃあ、いただいてみようかしら。かの大英雄に感謝を」
「どうぞ~。ロシーユ様も是非」
「はい。かの大英雄に感謝を」
二人の貴族令嬢がぱくっとお菓子を食べる。
「――! 凄く美味しいわ!」
「はいっ、クッキーの食感が良くて、シャーベットが甘くてとても美味しいです……!」
やったっ、大好評だ!
ボクがにっこりとしてシリアさんを見ると、シリアさんは安堵したような笑みを浮かべていた。
ボクはそんな彼女に片手の掌を向ける。
すると、シリアさんは控えめにボクの手に自分の掌を軽く合わせて、パチンとハイタッチをしてくれた。
「シリアのお菓子、とても美味しいわ。流石ロシーユのメイドね」
「あ、ありがとうございます……この上ない、光栄です……」
「えへへ。シリアさんのシャーベット、美味しいですよね?」
「どうしてセシルが誇らしげなのよ」
「友達が褒められたので嬉しくて」
「と、とも、だち……」
「あ、迷惑、でした?」
「い、いえっ。……あの、私、そもそもロシーユ様以外とあまり接することがなく……その、どうすればいいか分からなくて……」
「そうですねぇ。なら、はい」
ボクはお皿に乗っていたあまりのクッキーを一枚取って、シリアさんの口元に持っていく。
「あ、あの……」
「あーん」
「ぅ。……あ、あーん……もぐ」
「ボクはシリアさんのシャーベットをいただきます。あむ、んー、冷たくておいしいっ」
「ん、む……。せ、セシルさん……?」
「ふふっ。こうやって、作ったお菓子を交換し合うだけでも結構楽しいですよ。どうすれば良いとかこうした方が良いとか、そんなこと考えなくて良いと思います」
言いながら、ボクはシリアさんの口元についたクッキーの欠片を拭き取った。
シリアさんの顔が赤くなる。子供扱いみたいで恥ずかしかったのかな。ごめんね。
「知り合いすら数えるほどしかいない半ぼっちが分かったようなことを言いますのね」
「そこ、うるさいですよ」
まったくっ、人がびしっと決めているのに茶化すのは辞めてくれないかな。
お陰でシリアさんにくすくす笑われちゃってるじゃないか。
「はい……ふふ、分かりました……。ありがとうございます、セシルさん……また一緒に、お菓子を作ってくれますか……?」
「うん! 勿論!」
二人で笑い合いながら、ボクとシリアさんはお菓子を交換して食べ合った。
普通はメイドがこうして主と一緒に物を食べることは許されないが、二人の主人はボクたちの様子を微笑ましく見守ってくれていた。
こうして、ボクにセリーヌ様以外の友達が初めて出来たのだった。
☆
「~♪」
「ご機嫌ね。セシル」
「ふふ~、当然じゃないですか~♪」
馬車の中で鼻唄を歌うボクの顔を、セリーヌ様が覗き込む。
あれから、帰る時間になるまでセリーヌ様はロシーユ様と、ボクはシリアとお喋りをしていた。
夕暮れが近づいて帰る時間になって解散になってしまったけれど、また一緒にお菓子を作る約束もしたし、呼び捨てにするのも許してくれた。これぞ友達って感じだね。
「友達が出来て良かったわ。これなら、学校に行っても安心ね」
「学校? あぁ、王立学校のことですか? そういえば、入学が近いんでしたね」
この国には、王立学校がある。
十五歳になる貴族・王族の子供が入学して三年間、学業を修めるという全寮制の学校だ。
「ええ。ロシーユも一緒よ」
「まあ、そうですよね。良かったじゃないですか。……むむ、ちょっと待ってください。セリーヌ様が全寮制の学校に行く、ということは朝に叩き起こされることもなくなるのでは? ボク大勝利じゃないですか!」
セシル記念日と名付けたいくらい今日は良い日じゃないか! やったー!
「何を言っているの。貴女も一緒に通うのよ」
「えっ?」
諸手を上げて喜ぶボクに冷水をぶっかけるように、セリーヌ様が言った。
え? え? どゆこと? なんでボクも?
混乱するボクに、セリーヌ様はにっこにこしながら、
「貴族は一名まで、家から使用人を連れていけるの」
「……つまり?」
「セシルを連れて行きます。学校に通っている間は、セシルは毎朝当番ってことになるかしら」
嘘でしょ。
明日死ぬことが分かった人のような顔をしているであろうボクの顔を見て、セリーヌ様は笑いを堪えて震えている。
「良かったわね。毎朝誰よりも早くわたくしの姿を見れますわよ?」
「そんなことこれっっっっっぽっちも望んでないです。ボクは出来ることならゆっくりしたいんですよ。そんな、全寮制の王立学校になんて行ったらボクの仕事量はどうなってしまうんですか……!」
「とりあえず、わたくしのお世話をするのはセシル一人ってことになるわね」
わたくし大勝利! とセリーヌ様がピースする。なんて憎たらしいんだ。胸をもいでやろうか。
「セリーヌ様、ボクが過労死してしまっても良いんですか? 良くないでしょう? 考え直してください」
「大丈夫よ。わたくしはセシルのこと、誰よりも信頼していますもの」
「うわああああん! ご主人様の信頼が重すぎるよぉ!」
そんな、ボク一人でセリーヌ様のお世話だなんて……。
しかも全寮制。ただでさえギュリヴェールがギルバート様とリシャール様のことで輝剣騎士隊が揉めているって言っていたのに、それよりも派閥間の争いが強いヘスペリスの貴族と王族が同じ寮に暮らすことになるだなんて、絶対に平穏に学園生活が終わるわけがない。
そんなところにボク、放り込まれるの? 本当に?
眩暈のするような現実を突きつけられたボクは、帰りの馬車の中で自分の労働環境の劣悪さにさめざめと泣くのだった。